2011年10月28日金曜日

ハムレット SCENE 14

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
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『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      

Scene 14
國王と二,三の者(貴族) 出る.王城の一室.
 國王. すでに,あれの居處(ゐどころ)と亡骸(なきがら)とを探させてゐる.
    何とも危ふき事,あれを放ち置くは.が,しかし,
    嚴しく法を用ゐる譯にも.あれを慕ふ愚民どもがあり,
    事の是非より見た目を好む.罰の重さのみ論(あげつら)ひ,
    罪には目も呉れぬ.よいか,總てを穩やかに.
    俄(にはか)なあれの送り出しも,あくまで豫(かね)ての決まり事.
    死にも至らう病を瘉(いや)すは,死をも厭(いと)はぬ手當(あ)てのみ.
    他に道は無い.
ローゼンクランツとその他 皆出る.
    どうだ,何か,あれから.
ローゼ. どこへ亡骸をかは,聽(き)き出せませず.
 國王. で,今,どこに.
ローゼ. この外に.見張らせ,お指圖(さしづ)をと.
 國王. 連れて參れ.
ローゼ. それ,こゝへ殿下を.                 皆 出る.
 國王. さて,ハムレット,どこだ,ポローニアスは.
ハムレ. 晩餐(ばんさん)の席に.
 國王. 晩餐,どこで.
ハムレ. いえ,食べてゞは無く,食べられる側に.圍(かこ)むは,
    ウィッテンバーグのルター殿を餌食(ゑじき)にしようとした,
    氏(うじ)素性,正しき方〻竝(な)みの,蛆蟲(うじむし)ども.
    いや,似た者同士ながら,食ひ意地の惡さでは,蛆蟲こそが,
    神聖ローマの皇帝陛下.人はすべての生き物を太らせる.
    己(おのれ)が太らんと.と,その,太つた軀(からだ)の死骸へは,
    蛆が群がり肥え太る.太つた王も痩せた乞食も,なにたゞ,
    獻立(こんだて)の違ひのみ.皿は別だが,テーブルは一つ.
    で,「けり」となる.(註1)
 國王. 莫迦(ばか)げた事を.
ハムレ. 人は時に釣餌に,王を食べた蛆蟲を用ゐ,蛆を食べた魚を口へと.
 國王. また,何を言はうといふ.
ハムレ. 別に,たゞ,物の道理からして國王も,御幸(みゆき)の果てには,
    乞食の胃袋へとだけ.
 國王. どこだ,ポローニアスは.
ハムレ. 天國に.遣(つか)ひを出されては.もし無駄足なら,
    今ひとつの世界へは,御(おん)自らで.もつとも,
    月(つき)末までに見つからぬなら,臭ひでお判りに.
    階段を上られて,廣間(ひろま)へお入りの折.
 國王. 急ぎ,探してみよ.
ハムレ. (せ)かずとも,出掛けはせぬから.
 國王. ハムレット,この度わけても,そなたの爲をと思ひ,
    心より,その行ひを歎(なげ)きつも,かうする他は無き事に.
    直ぐに支度を.船は整ひ風向きも良し,伴(とも)する者もある.
    總て,イングランド行きへと向けて.
ハムレ. イングランドへ.
 國王. さうだ,ハムレット.
ハムレ. それはよい.
 國王. 良からう筈.此の計らひの心を思はば.
ハムレ. はて,智慧の天使が嚴(きび)しき面(おも)持ちにて.
    さて,では,イングランドへと.これにて,母上樣.
 國王. そなたの父だ,ハムレット.
ハムレ. 母上で.父と母とは夫と妻.夫婦(めをと)の血肉は一つゆゑ,
    つまりは母上.それ,さあ,イングランドへと.   
                     ハムレット 退る.
 國王. 直ぐに後を.手際良く船へ乘せよ.よいか,急げ.
    夜のうちに發(た)たせたい.行け.總ての手筈は整へてある,
    この度の差し遣はし.よいな,直ちにだ.
                            皆 退る.
    さあ,イングランド王.もし聊(いささ)かなりと,
    この身を思ふなら,なに,いや勝る我が力には覺えがあらう,
    いまだデンマークの劔が殘した傷痕も,生〻しくに.
    自ら進み畏(おそ)れ敬ふ上からは,よも我が申し渡しに,
    冷やゝかな素振りは出來まい.總ては隈(くま)無く認めた,
    書狀のとほり,直ちに殺せ,ハムレットを.やれ,イングランド王.
    あれこそは,我が血脈を暴れ囘る熱の病.それを癒(いや)すが,
    そなたの役目.それが濟むまで,如何なる幸ひにも,
    悦ぶことなど出來はせぬ.              退る.



(註1) ほゞかうした含意だと思ふが,原文にはルターの名も,神聖ローマ帝國皇帝などの名も登場しない.當時,現實世界の著名人の名を舞臺で使用する事は禁じられてもゐた.



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