2011年10月27日木曜日

ハムレット SCENE 9

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
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Scene 19 Scene 20

『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      
Scene 9
ハムレット及び三人の役者 出る.[王城の廣間.前場當日の夜.]
ハムレ. 臺詞(せりふ)はだ,よいな,今聽(き)かせたやうに,
    語り口,輕(かろ)やかに.勿體(もつたい)振つた良くある流儀でなら,
    觸(ふれ)書きを叫ぶ,町(まち)役人にやらせるが増し.それと,
    鋸(のこぎり)の空(から)引きめいた,こんな手振りも,
    やるにも穩(おだ)やかに.よいか,あたかも大嵐(おほあらし)かといふ,
    心が竜卷の如く昂(たかぶ)る時にこそ落著かうなら,
    自づと芝居に流れが生まれる.耳にするのも腹立たしいは,
    がさつな鬘(かづら)姿で現れ,昂る思ひを襤褸布(ぼろきれ)同然,
    ずた切りにし,土間の立見客の耳を劈(つんざ)くかといふ族(やから)
    大方その手の見物(けんぶつ)は,珍妙な默(だんま)り芝居か.
    ドタバタ好み.さうした役者は笞(むち)打ちにでも.
    異教徒の神,荒ぶるターマガント,出し拔きの罪でな.
    暴君ヘロデも,たぢろぐヘロデ振り.賴むぞ,あれだけは.
 役者. 必ずや,そこは.
ハムレ. 大人し過ぎもならぬ.そこは分別を師と仰ぎ,仕種(しぐさ)は臺詞に,
    臺詞は仕種に見合ふやう辨(わきま)へれば,踏み外すまい,
    自然の則(のり)を.いづれ過ぎたるは,芝居の狙(ねら)ひを損(そこな)ふもの.
    目指すは芝居が,世に生れてより今日までも,いはゞ鏡に,
    世のあるがまゝを映し出す事だ.美德もそのまゝに,
    羞(は)づべきは恥として,また,今の世の,その姿と有樣とを.
    だから,過ぎたるも及ばざるも,素人の笑ひを取らうと,
    見巧者の歎(なげ)く處(ところ)に.そちらの目こそは必ずや,
    他の總(すべ)ての客よりも,重みあるもの.さう,
    こんな役者たちを見た事が.人は褒(ほ)めてゐた,それも大層.
    いや,人間を創りし神を譏(そし)るつもりなど.が,
    クリスト教徒の口振りや步き振りでも,どころか異教徒でも,
    人ですらも無い,大見榮を切り,步くは呻(うめ)くは.
    もしや,この生き物を作り上げたは,腕無き渡り職人で,
    その不出來な事,人の形を眞似るさへ,しくじつたかと.
 役者. そこは大方,すでに改めては.
ハムレ. いや,悉(ことごと)くをだ.それと,道化方だが,
    元の臺詞の他は喋らせぬやう.中にはゐるのだ,我から笑つて,
    足しにもならぬ見物を笑はせようと.しかもその時,
    芝居の要(かなめ)の遣(やり)取りがあると言ふのに.實に呆れる.
    まさに,哀れ窮むる阿呆な根性.さ,支度をだ.
ポローニアス,ギルデンスターン,ローゼンクランツ 出る.
    如何(いかゞ)にと.王には催しを聽きに來られると.
ポロー. 女王樣もと.もう程なくに.
ハムレ. さ,役者を急(せ)かせてくれ.二人も,手を貸してゞは.
ローゼ. それは,もう.               二人,退る.
ハムレ. どこに,ホレイショー.        ホレイショー 出る.
ホレイ. こちらに,すでに控(ひか)へて.
ハムレ. ホレイショー, そなたこそ,人たる者の手本とも,
    これ迄,言葉を交した者たちのうちで.
ホレイ. なんと,また,それは.
ハムレ. いや世辭などでは.そもそも何を強請(ねだ)り取れよう.
    懷(ふところ)には眞心の他は,衣食を賄(まかな)ふ術(すべ)無き身から.
    甘い砂糖に阿(おもね)る犬こそ,奢れる主の掌(てのひら)を舐め,
    容易く曲がる膝で擦り寄り,媚びるが良い.
    さうであらう.が,この身が物心附き,
    人の善し惡しを辨(わきま)へる術に目覺めて,この方,
    そなたをこそ,まことの友と思ひ定めたのだ.
    まさに,如何なる苦しみも,ものともせず,
    氣紛れな運命に,嬲(なぶ)られようと褒めそやされうと,
    等しく甘んじ得る男.讚へらるべきは,
    熱き思ひと曇り無き目の働きが程よく融け合ひ,
    決して運命の女神の弄ぶ縦笛よろしくの,
    好みのまゝの音色を立てぬ男たちだ.
    願はくは,この手に斷じて,昂る思ひの虜(とりこ)とならぬ者を.
    その男をこそ,心の奧深く,我が魂ともなさうもの.
    それこそが,そなた.いや,思はぬ時を.實は,
    とある芝居を,今宵國王の前で.その中に,
    かつて話した父上最期の有樣に見立てた件(くだり)を盛込んだ.
    よいか,芝居がそこへ差し懸つた時,
    心の目をも確(しか)と凝らし,叔父を見張つて貰ひたい.
    もしそこで秘め隱す罪が,臺詞を切つ掛けに姿を現さぬなら,
    あの時見たは地獄の亡靈.この頭の中こそ,
    鍛冶屋の神ヴァルカンの仕事場同然,汚れ切つてゐる事に.
    必ず見逃すな.のちほど落ち合ひ,
    その時の樣子を突き合せよう.
ホレイ. 畏まりました.もし,芝居の最中,怪しげな,
    身動き一つ見逃さうなら,咎めは此の身に.(註1)
トランペットとドラムの一軍に續き,國王,女王,
ポローニアス,オフィーリア 他に廷臣たち出る.
ハムレ. 來るぞ,いよいよだ.こちらは『阿呆』に.
    そちらも賴む.
 國王. どうだ,加減は,我がハムレットには.
ハムレ. 素晴らしや,まさに.カメレオンの食する空氣の味加減,
    玉座風空手形の詰物仕立て,たゞまあ,
    鷄(にはとり)を太らせるには,不向きかと.(註2)
 國王. 何を言ひ出すやら,ハムレット,
    尋ねた憶えも無き事を.
ハムレ. まさに今や,憶えは,こちらにも.
    [ポローニアスに]芝居を嘗(かつ)て,大學でとか.
ポロー. 致しました.で,なかなかの役者振りだとも.
ハムレ. 何を演じてか.
ポロー. 成りましたは,ジュリアス・シーザー.で,私は殺されて,
    神殿の中で.ブルータス奴(め)が,この私を.
ハムレ. 慘い役とは言へ,ブルータスも,お祭り男を,
    血祭りまでにとは.(註3)
    で,役者は控へて.
ローゼ. はい,殿下.お許しあらば何時でもと.
 女王. こちらへ,さあハムレット,こゝに腰を.
ハムレ. いえ,母上,心引きつける磁石がこちらに.
ポロー. おほ,今のをお聽きに.
ハムレ. お女中,お膝間(あひ)によろしいかな.
オフィ. いえ,それは.
ハムレ. つまり,頭(かしら)を,膝の上にだが.
オフィ. それならば.
ハムレ. なにか,いけない事でもと.
オフィ. その樣なことは
ハムレ. そりや,好い思ひ附き,乙女の脚の間(あひ)にとは.
オフィ. 何を仰せに.
ハムレ. 何も.
オフィ. おはしやぎの事と.
ハムレ. だれが.この身が.
オフィ. はい,殿下.
ハムレ. いや,まさに,我こそは狂言囘し.何が出來よう,人間に,
    はしやぐ他には.見るが良い,何とも愉し氣な我が母上を.
    父上死して,二刻(ふたとき)經たぬに.
オフィ. いゝえ,二月(ふたつき)の倍が程には.
ハムレ. そんなに.となればだ,黑服なんぞ惡魔に著せ掛け,
    こちらは黑貂(てん)の毛皮服に.おゝ何と,死して二月にも,
    で,忘れず今も.となるとだ,秀でた者の思ひ出なら,
    壽命も半年は.が,まこと,寺の幾つかは建てゝおけ.
    でないと,思ひ出されもせぬ事に.今は亡き競べ馬,
    ホビー・ホース同樣,墓碑銘に,
    「おゝ,何と,ホビー・ホース,
    忘れ去られたり.」と記され.(註4)

       トランペットの吹奏で,黙劇始まる.
     王と妃が登場.妃,王に抱擁し,王も妃を抱きつゝ,
     妃を中央に.頭を妃の項に凭せて後,
     身を花壇に橫たへる.妃,王の眠るを見て,退場す.
     そこへ別の男現はれ,王の王冠を手に取り,それに接吻し,
     眠る王の耳に毒を注いで,立去る.
     妃が戾り,王の死を知り,激しく歎く.
     毒殺者,二,三の者と再び現はれ,慰める仕種.
     遺骸,運び去られ,毒殺者,妃に言ひ寄り,品〻を贈る.
     妃,強く拒むと見えしも,つひに,愛を受入れる.


オフィ. 何を,これは,表はして.
ハムレ. なに,このドタバタ,つまりは惡巫山戲(わるふざけ)
オフィ. もしや,芝居の筋かと.
ハムレ. 今に判る,あれの口から.                序詞役 出る.
    役者は輕口.やがて總てを.
オフィ. では見世物の,隱れた譯を.
ハムレ. まさに.そなたの隱し處であらうと,躊躇(ためら)ふこと無く,
    見せうなら,あちらも躊躇はず,それが何かを教へてくれよう.
オフィ. いけない事ばかりを.もう芝居をだけ.
序詞役. 願はくは,この悲劇,お心廣(ひろ)やに,お見屆けあれと.
ハムレ. あれで仕舞ひか.もしや指輪の,刻み文字では.
オフィ. まこと短くに.
ハムレ. まるで,女の戀.
芝居の王と妃 出る.
 (王) 數ふるに三十度(たび),太陽の神ポイボスの二輪の馬車は,
    綿津見(わたつみ)の神の海原と,大地の女神の領土を巡り,
    十二の月も三十たび,借り受く光で世界を巡り,
    その數(かず),三十を十二たび,
    思へば愛が二人の心を,また,結びの神ハイメンが,
    我らの手と手を,淸き絆(きづな)にて結びし日より.
 (妃) 願はくは,同じ數の日と月の,旅行く日〻よ訪れよ,
    二人の愛の盡きる迄.が,悲しきは近頃の,
    あなた樣の身の病(やまひ).お心晴れず,御樣子優れぬが,
    心掛かりに.したが,御氣になされな,女(をみな)の性(さが)は,
    氣を患(わづら)ふも愛するも,程を知らず,氣遣ひと,
    愛の深さは相(あひ)(たづさ)へて,何れも無きか,
    或は極みへ至るもの.私(わたくし)の愛の眞(まこと)は御存知の事.
    愛すればこそ心掛かりも増さうもの.愛深まれば,
    芥子(けし)粒程の氣掛りも虞(おそ)れに變り,
    塵(ちり)程の戰(をのの)きに,愈(いよいよ)愛は深まるが習ひ.
 (王) はや今は,そなたを遺し,身罷(みまか)る時も間近くば,
    身の衰へは覆(おほ)ふべくも無し.
    そなたは美しき此の世に永らへ,晴れやかに,
    人〻の愛を享(う)け,恐らくは,この身に代る連れ合ひを.
 (妃) 何と,さうとまで.その樣な愛となら,我が心の裏切り者.
    次なる夫など,この身にこそは,禍ひやあれ.
    ふたたび添ふなど,今の夫を殺(あや)めずとでは.
ハムレ.         とはまた,苦(にが)やの蓬草(よもぎぐさ)
    よもや再び,契り交さば,たゞ慾得ゆゑ.
    ゆめ眞心と思し召すな.くちづけを,
    寢屋で受けようその時は,ふたゝび夫を殺めるに同じ.
 (王) 言の葉に僞りありとは思はねど,
    誓ひを破るは人の身の常.堅き契(ちぎ)りも記憶の奴婢(ぬひ)にて,
    勢ひ盛(さか)る生れにも似ず,力か弱く,青き木の實(このみ)も,
    熟(う)れなば自(おの)づと,地に落つる習ひ.是非も無し,
    忘れ行くとて.謂(い)はゞ己に貸し附く金子(きんす)
    燃ゆる思ひに己れと契(ちぎ)れど,ひとたび心鎭(しづ)まるや,
    誓ひも失せ行く.狂ほしき,嘆きと悦びの消え行くにつれ,
    誓ひも滅びん.悦びの窮まる處,悲しみは歎き初(そ)む.
    悦びと悲しみを,隔つは薄紙,たゞ一重(ひとへ)
    世は常ならねば怪しからず,二人の愛の色褪(あ)せ行くも.
    人の世と愛の誠と,何れが勝(まさ)るかは,
    移ろふ心の赴(おもむ)き,ひとつ.優れし者の倒るゝや,
    取卷く者は身を飜(ひるがへ)し,卑しき輩も位を得るや,
    敵(かたき)も友となる習ひ.人の愛とて,終(つひ)の定めに從うて,
    榮ゆる者に友絶えず,貧しき者にはにべも無く,
    縋(すが)りし友もたちまちに,敵(かたき)とならん.
    かく申すとて,他にもあらず,人の願ひと辿(たど)る定めは,
    互ひに背き,望ましき,企て常に覆(くつがへ)る.
    ものを思ふは我が技(わざ)なれど,至れる先は然(さ)にあらず.
    そなたとて,再びは契らぬと今は思へど,その思ひ,
    世を去りし夫と共に,命を終えん.
 (妃) ならば,大地の實(みの)りも天の光も要りませぬ.
    愉しみも安らぎも,晝(ひる)も夜も無く,わたくしを拒み,
    搖るぎ無き心も夢も,絶望に變るが良い.
    獄屋(ごくや)に住まふ蒼白き,隱者の身の上を望みとし,
    その悉(ことごと)く,己が面(おもて)を曇らするもの,
    我が幸ひに取り變り,これを滅ぼしませ.
    この世と言はず次の世も,禍(わざはひ)我に附き纏(まと)うべし.
    ひと度夫を失はゞ,ゆめ再びは嫁ぐまじ.
ハムレ.             すでに破つてゐたならば.
 (王) よくぞの誓ひ.どうかは暫(しば)し獨(ひと)りにと.
    氣怠(けだる)さ募(つの)り,今は懶(ものう)き此の一日(ひとひ)
    眠りにと紛(まぎ)らはさん.
 (妃) 眠りよ,心の搖(ゆ)り籃(かご)に.また,ゆめ禍ひの,
    我らが上に訪れぬ事を.              退る.
ハムレ. 奧方樣には,お氣に召されて.
 女王. 妃の誓ひ,諄(くど)いかと.
ハムレ. なあに,違(たが)へはしますまい.
 國王. 知つてか,筋を.障(さは)りは無からうな.
ハムレ. いゝえ,もう.只の戲(ざ)れ事,毒氣もお遊び.
    障りなんぞは.
 國王. 何と言ふ芝居だ.
ハムレ. (ねずみ)採り.いや,何故と.通り名にて.
    この芝居,とある人殺しの引き映し,處はヴィエンナ.
    ゴンザーゴウが,あの伯爵の名,妻はバプティスタ.
    判りませう,直ぐ,その不屆きな事の顚末.
    が,何程の事も.陛下さらには我〻淸き魂に,
    障らう譯など.
      (さは)つて跳ねるは 擦り切れ牝馬(ひんば)
      鞍(くら)(ず)れ無しなら,手前まで.(註5)
ルシアーナス役 出る.
    これは,ルシアーナスなる國王の甥.
オフィ. 殿下はまるで,筋書き語りのコーラス役かと.
ハムレ. なんなら臺詞附けを,お前とお前の戀人の,
    お戲(たはむ)れの人形芝居,見せて呉れうなら.
オフィ. またもや,棘あることを.
ハムレ. 濟むまい,一聲呻かずば,この棘,拔きたくば.
オフィ. 言葉巧みに,お苦しめを.
ハムレ. なに,眞似たまで.夫を欺く女の手口を.
    始めろ人殺し.澤山だ,強面(こはもて)芝居は.さあ,
    嗄(しはが)れ聲の大鴉(からす),己が恨みをはらすのだ.
(ルシア.) 心は黑く,腕は冴(さ)え,藥も時も今まさに,
    示し合はせて誰一人,草木の他,見る者は無し.
    鼻突く匂ひの此の藥,眞夜中に草〻を搾(しぼ)り,
    魔女ヘカテーの三たびの呪ひと三たびの毒氣を受けしもの.
    生れ持つ魔力,悍(おぞ)ましき技(わざ)は,健(すこ)やかな,
    命を瞬(またゝ)くうち奪はうぞ.
と,芝居の王の耳の毒藥を注ぐ.
ハムレ. かくて毒を注ぎ,庭に微睡(まどろ)む國王の,位を奪ふ.
    王の名はゴンザーゴウ.實話を基にの見事なる,
    イタリー語仕上げ.間もなく目にしよう,
    あの人殺しが,ゴンザーゴウの妻の心を,手する樣を.
オフィ. 王がお立ちに.
ハムレ. なに,怯(おび)えてか,空(から)擊ち彈に.
 女王. どうされて.
ポロー. もうよい,芝居は.
 國王. 寄越(よこ)せ,燈(あか)りを.
ポロー. 燈りだ,燈りを,燈りを.
ハムレ.とホレイ.を殘し全員退る.
ハムレ.  さあ,手負ひの鹿は たんと鳴け.
     無傷な手合にや 浮かれ時
     こちらが見張れば あちらは晝寢
     とかく此の世は そんなもの.

    如何(いかゞ)思し召す.後はたつぷり羽根毛を纏(まと)ひ,
    先行き左前となる事あらば,流行りの靴に,
    プロヴァンスの薔薇飾り,ならば役者の,
    株仲間にもなれようや.
ホレイ. 半株ならば.(註6)
ハムレ. 一株丸ごとでだ.(註7)
     君知る如く,あゝ,我がダモンよ.
     掠(かす)め取られしお國も元は,ゼウスが御(み)
     今しろしめすは,孔雀か鴉(からす)か.
     いや,クジャガラス.(註8)

ホレイ. いさゝか,強引な字數ながら.
ハムレ. あゝ,何と,ホレイショー.もはや亡靈のあの言葉,
    1,000ポンドにても買ひ取らう.確(しか)と見たか.
ホレイ. 確かに,この眼で.
ハムレ. 毒殺の臺詞の件(くだり)で.
ホレイ. 見て取りました.
ハムレ. あ,はあ,さあ音樂を.それ,リコーダーだ.
      いや,もし王の,お氣に召されぬ芝居なら,
      多分は,お芝居,これでお仕舞ひ.
ローゼンクランツ,ギルデンスターン 出る.
ギルデ. 殿下には,一言,お聞き戴きたく.
ハムレ. 一言とはまた.丸ごとでも.
ギルデ. 陛下には.
ハムレ. なるほど,どうしたと.
ギルデ. お部屋に籠(こも)られ,いたく御不快と.
ハムレ. とは,呑み過ぎで.
ギルデ. いゝえ,殿下,御勘氣のあまり.
ハムレ. 機轉(きてん)を利かせ,まづは知らせを御殿醫にだ.
    この身が,やたら療治しては,なほ癇癪は募(つの)らうに.
ギルデ. 殿下,お言葉にも埒(らち)が.それを越え,
    話をお逸(そ)らし無きよう.
ハムレ. では,大人しく.御發聲(はつせい)を.
ギルデ. 母上たる女王樣には,甚(いた)く心傷められ,
    わたくしをお遣(つか)はしに.
ハムレ. それは,嬉しや.
ギルデ. いやまた,殿下,その樣な受け應(こた)へ,
    今はそぐはぬもの.眞面(まとも)にお應(こた)へなら,
    母上の御傳言(でんごん)を.さなくば退り,それで終りに.
ハムレ. それが,出來ぬ.
ローゼ. 何がと,殿下.
ハムレ. 眞面な應へがだ.頭の病ひゆゑ.が,どうにか,そちらへは.
    いや寧ろ,仰せの通り母上へ.だから,もう良い.
    まづ用向きを.母が何と.
ローゼ. 申されるには,あなた樣の振舞ひにより,
    お心甚(いたく)く驚かれ,惑はんばかりと.
ハムレ. いや,天晴れな息子かな.かほど母の心を打つとは.
    で,續きは.母の心を驚かせたとの,その後は.
ローゼ. 是非ともお部屋にて,話をされたいと.
    あなた樣のお休みまへに.
ハムレ. 余は從はむ.たとへ十層倍の母あらうとも.
    まだ,何か,お取引の品でも.
ローゼ. 殿下,嘗(かつ)ては私を,まことの友と.
ハムレ. いや,今でもだ.この,掏摸(すり)かつ拂(ぱら)ひの,
    手[左手か]に誓ひ.
ローゼ. 殿下,何が元で,お心亂(みだ)されて.これではまさに,
    自由なお身に閂(かんぬき)をするに同じ.
    もし,友へもお嘆きの譯を明かされぬなら.
ハムレ. それが,出世,出來ぬゆゑ.
ローゼ. 何故,また.すでに國王自ら,
    やがてはデンマークを讓ると仰せでは.
そこへ,リコーダーを持つた役者たち出る
ハムレ. それは,まあ.が,夏草の,繁るを待つ間(ま)の冬にとか.
    いや,この諺,干し草めいた黴(かび)臭さでは.
    それ,リコーダーか,こちらへ.
    で,ひとつ話が.何故さう風上に囘り込む.
    まるで罠(わな)へと追ふ樣に.
ギルデ. いえ,その,殿下.もし出過ぎたのならば,
    お爲を思ふ餘りの事.
ハムレ. いゝや,さうとは.ひとつ,この笛,鳴らしてくれぬか.
ギルデ. 殿下,私には.
ハムレ. 賴むのだ.
ギルデ. まこと,出來ませず.
ハムレ. いや,お願ひだ.
ギルデ. わたくしには,どうするかさへ.
ハムレ. ても無い事,噓も同樣.指で孔(あな)を押さへ,
    息を吹き込めば,自(おの)づと妙なる調べを奏(かな)でる.
    それ,これが指孔.
ギルデ. ですが,まるで,どう調べにとの術(すべ)を知りませず.
ハムレ. 何と.ならば良いか.よくぞそこまで見くびつたもの.
    そちらは此の身を吹き鳴らし,押さへ處も心得顔に,
    秘めた心の絲を彈いては,低く高くと悉(ことごと)く,
    音色を引き出し,探りを入れたでは.それが,
    更にも豐かな調べや音色の小さな道具に,
    聲(こゑ)一つ立てさせられぬと.莫迦(ばか)な.
    この身を扱ふは,笛を吹くより容易(たやす)いか.
    如何なる樂器に見立てるもよし,が,奏(かな)でる處か,
    逆撫(さかな)で同然,思ひのまゝとなるものか.
ポローニアス 出る.
    神の御(み)惠みを.
ポロー. 殿下,女王樣には,共に御話をと,それもすぐに.
ハムレ. 見えるか,あの雲.形が駱駝(らくだ)に似て.
ポロー. なんとも.いや,駱駝にと.
ハムレ. 思ふに,あれは鼬(いたち)では.
ポロー. まこと,背中が鼬に.
ハムレ. 寧ろ,鯨(くぢら)か.
ポロー. まさにも鯨で.
ハムレ. ではと,母上の許へと,間もなくに.
    [傍白]氣違ひ扱ひも,これにて窮まれりだ.
    すぐにも行く.獨りにしてゞは,直ぐとは言つたが.
                              皆 退る.
    いよいよ魔女も,飛び交ふ夜更け.
    墓穴は口を開け,地獄もこゝぞと毒氣を吐き散らす.
    今ならば,生き血を啜(すゝ)り,
    晝(ひる)の光も震へ戰(をのの)く事にさへ,手を染める事が.
    待て今は,母の許へ.よいか失ふな,子としての心.
    まさかにも,己が母をも殺めし皇帝ネロの魂に,
    心明け渡すな.情けは懸けず,道は外さず,
    唇に刄(やいば)とこそあれ,劔(つるぎ)は鞘(さや)に.
    言葉と心は互ひを欺け.言葉は如何に母を苛むとも,
    それを行ふ同意の印を,我が魂よ,捺(お)すで無い.      退る.


(註1) ホレイショーの臺詞の意味は上記の通りだが,原文は Well my lord, If a(=he) steale ought the whilst this play is playing And scape detected, I will pay the theft. で,王が盗みでも働くかの喩へが使はれ,如何にも奇妙である.恐らくは似た樣な文言の文書を眞似たと考へるのだが如何であらうか.たとへば觀客席に良く出沒した掏摸や置引きによる被害への,グローブ座としての防犯および補償對策の宣傳を織り込んだの洒落(樂屋落ち)ではないかと思へるが,どうか.當時の劇場が掏摸たちの恰好の『仕事場』であつたことは良く知られた事で,記録にもある程だからである.つまり,防犯に努めてはゐるが,それでも萬一被害に遭はれた方があれば,劇場として補償致しますので,安心して芝居に集中なさつて下さいといふ譯である.さうであるなら原文に言ふ this play とは,これから始まる『劇中劇』であるとともに『ハムレット』といふ芝居の意といふ事になる.

(註2) 初演當時の,カメレオンは『空氣』を『餌』とするとの俗信を反映した臺詞.蟲の捕食は知られてゐなかつた.なにしろ當時は,今日の眼からは,衞生上問題だらけの時代で,邊りに蟲など幾らでもをり,カメレオンが口に仕舞ひ込んだ長い舌を素早く出し入れして蟲を食物としてゐたとは,思ひもされてゐなかつたのである.
  なほ,譯文は長たらしいが原文は簡潔で  Excellent faith,  Of the Camelions dish, I eate the ayre, Promiscram'd, you cannot feede Capons so. .
  the ayre (=air) は空氣の意だが,heir(跡繼ぎ)と同音.Promiscram'd とは,ハムレットによる(つまりは作者シェイクスピアによる)造語で,『元ネタ』は不明だが, promis(つまりは『跡繼ぎの約束』といふ餌)を詰め込む程に食べさせられたの意.Capon は,フォアグラ同樣,食用の爲に餌で肥るだけ肥らせられた『去勢された雄の鷄』の意である.
 以上の含意は明らかで,これを恰(あたか)も,王に仕へる道化方(jester) が,王への辛辣な皮肉を輕妙に,思ひ附くまゝ述べるが如くの臺詞に仕立てゝある.

(註3) ハムレットの上演直前,The Gobe(地球座)では,シェイクスピア作の『ジュリアス・シーザー』を上演してをり,その時ポローニアス役者がシーザーを演じ,ハムレット役の筆頭役者 Richard Burbage はブルータスを演じてゐたとの事.
  ポローニアス,いや,むしろ,ポローニアス役者は『自分』が殺されたと言ひ,半ば Burbage を體よく詰るもので,ハムレット,つまり Burbage が,洒落を交へて應酬する.つまり,觀客公知の『樂屋落ち』ネタで,そのまま日本語には引き寫せぬ臺詞である.しかもこの後,ふたたびポローニアス役者は『殺される』はめになる.
  ところで,この遣取りは,所謂 First Quarto(Q1)にも登場する.これが『樂屋落ち』であるとするなら,Q1も『ジュリアス・シーザー』以降の『作』といふことになる.恐らくQ1は,慥かに版の表書きにあるやうに上演はされ,好評でもあつたであらうが,Q2の『普及版』または『簡略版』であらうと考へる(ただし,ガートルードの扱ひなどは『簡略』が過ぎて支離滅裂に近いが).これは今日の,既に評判を取つた『舞臺版ミュージカル』と,それを基に簡略化され創られた『映畫版』との關係に似てゐると考へるが,如何.

(註4) ここに言ふホビー・ホース Hobby-horse は知る限り總ての校訂本が民俗舞踊 Morris Danceに登場し滑稽な踊りをする『張り子馬』と解説するが,ハムレット上演當時『張り子馬』は消滅してをらず,1620年に描かれた油繪にも,いや, それどころか今日英國各地の催しにも,よく登場する.元〻が作り物で消滅をどうかう言ふ迄もない.  となると,では何か.實は『張り子馬』には,當然の事ながらモデルがあつた.本物の Hobby-horseである.こちらは既に,ハムレット上演より以前に,尠くとも純血種は絶滅してゐた.小型だが機動性に富んでゐたため專らその當時の騎士の乘馬に使はれたが,武具の 重量化に伴なひ,大型の馬,たとへば第20場で話題となるバーバリー産の馬に取つて替られ,消滅していつたと言ふ.また,エリザベス1世の父ヘンリー8世の時代には貴族たちの遊びに競爭馬としても用ゐられ,今日『趣味』を指す hobby の語源はこの馬の名にに由來する.そちらの意と解釋する.墓碑銘なるものは,唄の一節との事.Morris Dance の歌とされるが,本物の馬を唄つたとも解されるが,如何.

(註5) (いち)の馬喰の賣り言葉.

(註6) 初演の Hamlet 役者 Burbage の『自慢』(演戲だが)への茶〻であらう.

(註7)如何にも不満さうな『演戲』をし,觀客の笑ひを誘つたであらう.當時 Burbage は,全劇團株10株のうち,6株を所有してゐたほどだからである.

(註8) 恐らくは,見事な歌と踊り gig を披露したのではあるまいか.當時役者の藝として,いづれも重要なものであつた.

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