2016年12月5日月曜日

『ハムレット』第16場(4幕5場とも)について.その7

ハムレット Hamlet 飜譯本文:

『マクベス(下書き)』は,こちら
                              

『ハムレット』第16場(4幕5場とも)について.その7

 廷臣の話によればオフィーリアは,王國内に隠謀の動きがあると言ひ,ついては女王に知らせるための面會を求めてゐると言ふ.しかし既に正氣は失はれ,隱謀話の妄想に從つて振舞ふ樣(さま)がガートルードに報吿される.狂人の信ずる事に根據は無いが,斷片的に,たゞ隱謀があるとの『狀況』を固く信じ,それに隨(したが)ひ,氣を昂らせてゐると言へる.

 狂人には狂人の生きる『世界』があり,その振舞ひは,信ずる『世界』の中に於いては,他人(ひと)には譲れぬ理窟に基づかう.それだからこそ,女王に會へぬと聞かされゝば,怒りや苛立ちを露はにもする.

   狂人であるから仕方がないと今日の我〻は考がちだが,如何に宰相の娘とは言へ,自らが女王に進言を試みるなど,それ自體が異常な事である.有り得べきは,せめて父親のポローニアスを探し求めるといつた處が限度であらう.ところが事態は,さうした限度を既に超えてゐる.つまり,自らが進言しなくば事は收まらぬとの決然たる態度である.それほどの思ひとは,はたして何なのか.

 さて,オフィーリアは王宮に入るまでは『隱謀』話の妄想を抱いてゐたが,第一聲で女王を探し求めるものゝ,そこが狂人の狂人たる所以,『隱謀』に纏(まつは)る『世界』はまつたく消え去り,オフィーリアは突然に歌を唄ひ始める.

    歌などを唄ふべき場で無いことは明らかであるが,これはオフィーリアが,事の前後の脈絡も無く既に異なる『世界』に入り込み,オフィーリア自身にとつては,疑ふべくも無き新たな『場』が始まつた事を意味してゐる.

 從來の解釋もしくは上演では,すべて押し竝べて『狂女の振舞ひ』であると見て,たまたま歌を唄ふとし,オフィーリアは,たゞひたすらに狂ふといつた有樣となる.解釋と言はうより,字面どほりの場面であるとして演じられてゐるだけである.

 しかしながら仔細に見れば,さうした中にも,その場の登場人物たちに何事かを傳へようとする樣子が見て取れる.つまり此處でもオフィーリアは,狂人なりの確とした『世界』の中にあり,その『世界』の中で,己に相應しい何らかの『役割』を勤めてゐるのだ.人間の『心性』といふ點からは,狂人も正氣の人間も變りは無い.たゞその『世界』が,目の前の『現實』とは異なる事が,狂人の狂人たるところなのである.

   以上の事情を理解して戴いた上で,この場面を『理解』して行かう.

   では,第一聲の後オフィーリアは,はたしてどのやうな『世界』に己れがゐるものと思つてゐるのか.

 ところでオフィーリアの歌につき多くの方が,恐らくは若い男女の悲劇を描いた『ロミオとジュリエット』の物語に引き摺られてか,先入觀から,『ハムレットへの叶はぬ思ひ』なるものゝ痕跡を讀み取らうとする.その影響がまつたく無いとは言はないが,オフィーリアの狂氣には,己れを哀れとするやうな『正氣』を殘す餘地は無い.

事情は上に述べた通りである.