2011年10月18日火曜日

ハムレット SCENE 2

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
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Scene 19 Scene 20

『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      
Scene 2
吹奏.クローディアス(デンマーク王),ガートルード(女王)
重臣ポローニアスと息子のレィアティーズ

ハムレット その他,廷臣たち出る.
[皆〻華やかな正裝.ハムレットのみ黑づくめ.] 後註 1
1    國王. はて尙(なほ)も,我がハムレット,とは我が兄上の,死してより,
         日,いまだ淺く,となればこそ心には悲しみを湛(たゝ)へ,
         また,我が王國も,擧(あ)げて同じく眉(まゆ)(くも)らする時ながら,
         が尙(なほ),我が分別は情に抗(あらが)ひ,愼(つゝし)みて兄を偲(しの)びつ,
         我らが行く末に思ひ至した.それ故,かつての姉君,
         今や女王とて,武勇名高き國(くに)を繼ぐガートルードを,
         あたかも,手負ふを悦ぶや,片頬には笑み,片邊(へ)は淚し,
         心踊りつ葬儀を催(もよほ)し,弔ひの歌にて婚儀を祝ひ,
         かくて等しく,悦びと悲しみを量(はか)り較(くら)べて,
         妻には迎へた.方〻の賢明なる忠言も,
         卻(しりぞ)けた覺えは無い.これも衆議の赴(おもむ)くところ.
         これ迄の事,禮(れい)を言ふ.さて次に,
         件(くだん)の若きフォーティンブラスだが,
         我が方を侮(あなど)り,兄上死して,國の要(かなめ)も,
         箍(たが)も無しとの徒(あだ)な望みを抱き,
         性凝(こ)りも無き書狀を寄越(よこ)し,
         つまりは父親の失つた地を,今,手放せと言ふ.
         法の悉(ことごと)く,勇猛なる兄のものと認めたに.
         と,さて,そこで,今日(こんにち)參集戴いたは,この事.
         こゝに認(したゝ)めたは,フォーティンブラスが伯父,
         ノールウェイ王宛の書狀.
         王は歲老い,長く病(やまひ)の床にあり,
         甥(をひ) の目論見(もくろみ)を知る由(よし)もない.
         そこで,この書狀にて,出過ぎた甥の振舞ひを,
         取り鎭(しづ)めさせようとの我が計(はから)ひ.いづれ,
         集めた武器も兵も,元はノールウェイ王のもの.
         必ずや功を奏しよう.ついては,取急ぎ,
         我がコーデリアスおよびヴォルティマンドを,
         老いたるノールウェイ王への使者とする.
         兩名,王との新たな交涉は一切無用.
         總ては認(したゝ)めし條〻通りに.では,參れ.
         速(すみ)やかに,務めてこそ.
  コー&ヴォ. いさゝかも違(たが)へず,務めを.
     國王. 頼もしきか,無事を禱る.       二人退る.
         さてと,レィアティーズ,何が起きた,お前には.
         願ひの筋がとか.何かな,レィアティーズ.
         譯(わけ)を申せば,この王は,お前の言葉を,
         聞き捨てにはせぬ.何を乞うてか,レィアティーズ.
         そなたの願ひは,この身の願ひ,人の首(かうべ)も,
         これほど心のまゝにとは.手ならば巧(たく)みに,
         口の用をも.が,デンマーク王とそなたの父は,
         更にもの間柄.何をそなたは望んでかな,レィアティーズ.
   レィア.恐れながら,お許しあらば,フランスへの歸還(きくわん)を.
         もとより望んで,デンマークへ戾りましたも,
         御戴冠の式參列の務めを果さん爲.務めも相濟み,
         心を占(し)めるは,ふたゝびフランスの,
         土を踏まんとの思ひ.どうかこれを思(おぼ)し召し,
         お許しを.
5    國王. 得たかな,父上の許し.何とな,ポローニアスは.
   ポロー.すでに,はい.澁るわたくしを,更にも搾(しぼ)らう,
         熱の籠(こも)つた陳情攻めに,つひに折れ,
         いはゞ已(や)む無き,同意の判を.今は私からも,
         どうか,許しをと.
    國王.晴れて戾るがよい,レィアティーズ.時こそ今.
         天の惠みを心のまゝに愉(たの)しむが良い.
         さて,我が甥(をひ)なるハムレット,今や我が子だが.
   ハムレ.[傍白]いかにも親類,が,同類では無い.
    國王.で,額(ひたひ)の上の雨雲は,未(いま)だ懸つてか.
10    ハムレ. もう,それ程は,我が子なりとは眩(まばゆ)くて,
         『目を覆ふ』まで.
    女王.これ,ハムレット.闇に紛(まが)う衣(ころも)は打捨て,
         親しみの眼差しを,王に向けてゞは.
         もはや眼を伏せ,土に戾りし父の姿を追はぬもの.
         これぞ世の常(つね).命あるもの死するは定め,
         この世を經(へ)てこそ,永久(とは)の命では.
   ハムレ.仰せ,如何にも,それは世の常.
    女王.ならば何故,お前の目には殊更(ことさら)の事と.
   ハムレ.見えるのです,いゝや,まさに,見えるだけでは.
         さう,違ふ,墨と染めた上著ばかりか,母上,
         しきたり盡(づ)くの,黑の喪服も,
         胸を搾(しぼ)らう,大溜息も.いゝや,まだ.
         盡(つ)きぬ流れの,淚の河も,打ち拉(ひし)がれた顏附きも,
         今,有りと有る,型も樣子も,嘆きの素振りも,
         心の中(うち)を表はせは.どれも眼に見え,誰とて演じも.
         が,この身の實(まこと)は,その奧に.
         あとは飾りの,歎(なげ)きの脱(ぬ)け殻.
15    國王.さても優しき見上げた心根か,ハムレット,
         父を悼(いた)まう心懸け.が,聞くが良い.
         お前の父も父を失ひ,その父もまた父親を.
         遺されし者は子の務めとて,暫(しばら)くは,
         喪の悲しみに.が,過ぎたる頑(かたく)なゝ歎き悲しみは,
         神を侮(あなど)る片意地では.男にもあるまじく,
         まさに天への抗(あらが)ひばかりか,ひ弱な心,堪(こら)へ無く,
         事辨(わきま)へず,智慧無き樣とも.
         人は如何にあるべきか,如何なるものかは誰にも知れた,
         取り上ぐる迄も無き事.なぜこれに,好んで逆らひ,
         氣難しく振舞はねばならぬのだ.なんと.
         これぞ,天に背き死者に抗ひ自然に逆らう,いや何よりも,
         理性に悖(もと)る愚かさでは.
         理智の眼からは,父親の死も,たゞ然(さ)もあるべき事.
         聖書に記(しる)す世に初めての人の死以來,今日迄も,
         理性は聲を大にして,かう教へてでは.
         「人は,かくなるものなり」と.
         王の賴みだ.益無き悲しみは地に擲(なげう)ち,
         王を實(まこと)の父と思へ.そして,世に知らしめよ,
         お前こそ,次なる王位を繼(つ)ぐべき者.
         この身は,子を思ふ實の父に,劣らぬ深き慈しみもて,
         お前をこそ,次なる王と認むると.
         ところで,ウィッ テンバーグの大學へ戾るとか.
         如何にも王の願ひに違(たが)う事.たつての賴み.
         國にとゞまり,王の勵(はげ)みや慰めとなつてでは,
         諸候の長(おさ)とも身内とも,いや,王の子として.
     女王. 母の願ひが叶はぬ事無く,ハムレット,
         このまゝ,ウィッテンバーグへ戾らずにゐては.
   ハムレ.仰せには,出來得る限り從ひませう.
    國王.さても麗(うるは)しき,その言葉.デンマークでは,
         王同樣に振舞へ.妃,こちらへ.優しくもまた快き,
         ハムレットの申し出,心に笑(ゑ)みも浮かばう思ひ.
         これを祝ひ今日一日は,デンマーク王の飲干す杯の,
         度(たび)每に,雲に届けと祝砲を撃て.
         天もこれに和し,谺(こだま)を返して大地を搖るがし,
         應(こた)へて呉れよう.行くぞ.       吹奏あり.
            ハムレットのみ殘し,皆退る.
   ハムレ.おゝ,この餘りに穢れた軀(からだ)の肉が融(と)け,
         崩れ流れて露と消えぬか.せめて永久(とは)なる戒めに,
         自ら命を絶つなとなければ.おゝ神よ,どうせよと.
         もう,うんざりだ,味氣無い.いつたい何の役に立つ,
         この有りと有る,世の營(いとな)みの何も彼も.何たる有樣.
         荒(すさ)んだ庭もさながらに,雜草どもが種を附け,
         ごみ溜め同然の臭ひで蔓延(はびこ)る,こんな事にならうとは.
         死してふた月,いやまだ滿たぬ,ふた月にも.
         まこと秀でし王だつた.まさに太陽の神ハイペリオン,
         が今,色狂ひのサチュルスが王に.
         まこと母を愛してをられた.天より渡るそよ風さへも,
         面(おもて)に強くは當(あ)てまいと.なんとそれを,憶ひ出せと.
         かつては父に寄り縋(すが)り,その慈しみの,
         増す程さらにと求めたに.ひと月の内に.
         いや思ふまい.儚(はかな)さこそは,をみなの實の名.
         まだ,ひと月.野邊(べ)の送りに履(は)き下(お)ろされた,
         靴さへ未だ眞新しいに.柩(ひつぎ)を追つての淚の姿は,
         ギリシアの泣き石ナイオビかとも.それが何と,
         もの辨(わきま)へぬ獸(けだもの)でさへ,
         まだ悲しみを忘れまいに,叔父と契(ちぎ)るとは.
         父の弟とて似も附かず,この身とヘラクレスほども,
         隔(へだ)たらうに,それが,ひと月で.
         僞(いつは)りの涙の鹽(しほ)に,目元もいまだ赤きまゝ,
         婚儀に及ぶ,何たる早業(わざ).眼にも素早く,
         兄嫁と弟の身で,神の禁ぜし,閨(ねや)の床(とこ)へと,
         あるまい事に,いや,この先とて許されは.
         が逸(はや)るまい.それ今は,口に出さずと. 後註 2
         ホレイショー,マーセラス,バーナードー 出る.
20     ホレイ.御健勝にて,殿下には.
   ハムレ.そちらも健やかに.ホレイショー,いや,まさかまた.
   ホレイ.まさに殿下,常(つね)(かは)り無き僕(しもべ)にて.
   ハムレ.いゝや,良き友,こちらこそが僕(しもべ)とも.が,
         何故また,ウィッテンバーグから,ホレイショー.
         マーセラス.
   マーセ.お變(かは)り無く.
25       ハムレ.久しぶりだ.[バーナ.に]そちらにも.が,まこと,
         何故にウィッテンバーグから.
   ホレイ.怠け癖から,つい.
   ハムレ.いや,そなたの敵(かたき)でさへ,さうは言ふまい.
         まして自らこの耳に,氣立てにも無い事を.
         ある筈がない,怠け癖など.が,何の爲,
         エルシノアの城に.よし,教へてやる,
         酒の呷(あふ)り方を,歸(かへ)る迄には.
   ホレイ.それが,父上の御葬禮(さうれい)を拜觀に.
   ハムレ.賴む,からかふな,同窗(どうさう)の仲で.
         それを言ふなら,母の婚禮(れい)をだ.
30    ホレイ.いかにも,後(あと),取り急いで.
   ハムレ.儉約,儉約だ,ホレイショー.葬儀の席へと燒いた肉を,
         竝(なら)べ冷やして,冷や肉なりと,婚儀の席へ.
         憎む敵(かたき)に天國で,出食はすが増し,
         あの日を目にするよりはだ,ホレイショー.
         父上,お姿は眼の前に.
   ホレイ.どこにと.
   ハムレ.心の鏡にだ,ホレイショー.
   ホレイ.お目通りも,一度は.まことの王であられた.
35    ハムレ.まさにも,非の打ちどころ一つ無き.もはや此の世に,
         再びは現れまい.
   ホレイ.それが御姿を,この眼で昨夜(ゆふべ)
   ハムレ.その眼で,誰を.
   ホレイ.その,國王の,お父上を.
   ハムレ.國王の父を.
40     ホレイ.まづは御心を鎭(しづ)められ,餘(あま)さずこれを,
         お聞き下さい.その證人は,こちらの二方(ふたかた)
         この驚くべき出來事の.
   ハムレ.是非も無い,聞かう.
   ホレイ.二夜にわたり,この二方,マーセラスとバーナードーが,
         見張りの最中(さなか),草木も眠らう,眞夜中に出遭ひしもの.
         姿形はお父上.鎧と兜(かぶと)に隙(すき)無く身を堅め,
         立ち現はれるや,嚴(おごそ)かな足取りで,
         ゆるりゆるりと,傍(かたは)らを,三たび步み,
         恐れ戰(をのの)く二人の眼には,その間近さたる,
         王の御徴(みしるし),元帥杖(ぢやう)の屆かう程と.
         二人は身の内の力失せ,恐ろしさに只立ち盡(つ)くし,
         言葉も掛けられず.さて,わたくしは,これを密かに打明けられ,
         三日目の晩,見張りへと.そこへ,話に違(たが)はず,
         時刻も同じく,姿形も二人の言葉そのまゝに,立ち現はれて.
         かつて見知る,お父上,左右の手さへ,あれほど似てゞは.
   ハムレ.何處(どこ)でのことゝ.
   マーセ.はい,城壁の物見(ものみ)の場所で.
45     ハムレ.で,言葉は懸けずに.
   ホレイ.それは,わたくしが.が,應(こた)へは何一つ.
         たゞ,一度だけは頭を擡(もた)げ,もの言ひたげにも.
         が,そこへ雄鷄が鬨(とき)を作り,その聲(こゑ)に怯(ひる)み,
         急(せ)くやうに,消え去りました.
   ハムレ.異樣な話だ.
   ホレイ.僞りの無き實(まこと)の出來事.
         ならば,爲(な)すべき,務めはこれと,お知らせに.
   ハムレ.それは,よく.が,どういふ事かゞ.
         見張りは今夜も.
50    三人.わたくしどもが.
   ハムレ.(よろひ)姿(すがた)と.
     三人. 鎧姿で.
   ハムレ.(かしら)から爪先迄.
     三人. まさに,上から足の先まで.
55    ハムレ.と,見えぬな,顔は.
   ホレイ.それが,はい,顔當(あ)ては上げて.
   ハムレ.で,面差(おもざ)し,險(けは)しくは.
   ホレイ.悲しみに近く,怒りと迄(まで)は.
   ハムレ.顔に血の氣は.
60     ホレイ.まこと,蒼褪(あをざ)めて.
   ハムレ.で,眼は向けてか.
   ホレイ.まさに,据(す)ゑたまゝ.
   ハムレ.居合はせたかつた.
   ホレイ.さぞ,驚かれたと.
65    ハムレ.如何にも.どれ程ゐた.
   ホレイ.おほむね,遲(おそ)めに數(かぞ)へ百ほどかと.
     二人. いや,もつとだ.
   ホレイ.あの時はだ.
   ハムレ.顎髭(あごひげ)だが,白いものは混じつて.
   ホレイ.まさに御生前のまゝ,黒髭(くろひげ)に銀を混じへ.
70     ハムレ.よし行く,今宵(こよひ).また現はれぬとも.
   ホレイ.必ずや,また.
   ハムレ.父上の姿を裝(よそほ)ふとなら,この身が口火を.
         たとへ地獄が口を開け,默(だま)れと命ずるとも.
         どうか賴みが.この話,まだ他には伏せてとなら,
         そのまゝ胸に留(と)めおいて呉れ.
         また,如何なる事が今宵あらうと,賴む,
         心に止め置き,口にはせぬと.いづれ報(むく)いる,
         今はこれでだ,城壁の上,十一時から十二時には,皆の許(もと)へ.
     二人. お言ひ附け通りに.                退る.
   ハムレ.いや,友としての賴み.ではだ.
         父上の靈が鎧姿で.如何にも怪しげな,
         裏に何かの,謀(はか)り事でも.
         早く夜が來ぬものか.それまでは,心よ,逸るな.
         惡事も竟(つひ)には露れる,この世の總(すべ)ての土で覆へど,
         隱せるものでは.                 退る.



後 註
 1:前場役者の退場開始とともに吹奏が始まり,玉座が出る.前場に續く朝方,王城の廣間との設定.

 2:上の臺詞第6行目「死して,ふた月,いや,未だ滿たぬ,ふた月にも.」とあるとほり,ガートルードとクローディアスの婚儀は,ハムレット王の死後短期間のうちに行はれた.何故なのか.王子ハムレットならずとも,不審に思ふ者がゐないとも限らぬに.しかしこれには,當時の特殊な『事情』があつたやうだ.クローディアスが實質的に,丸ごと王國を手に入れる爲には,正確に述べるなら,ハムレット王の死後四十日以内にガートルードを妻としなければならなかつたと言ふ.文字通り,quarantine と呼ばれたマグナ・カルタの規定である.四十日を過ぎた時點でガートルードの手にするものは,城など國家の根幹をなす財産を除いた,遺りのうちの三分の一に減額され,城をも去らねばならなくなる.つまり,クローディアスが王國を掠め取るためには,何があつても,それ以前に婚儀を執り行ふ必要があつたのである.かうして惡事は,何處かに不自然を殘す.そして,さうした財物に關する助言と實務を熟したのが,ポローニアスといふ事になる.



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