2011年10月28日金曜日

ハムレット SCENE 16

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
Scene 1 Scene 2 Scene 3 Scene 4 Scene 5 
Scene 6 Scene 7 Scene 8 Scene 9 Scene 10 Scene 11 
Scene 12 Scene 13 Scene 14 Scene 15 Scene 16 Scene 17 Scene 18 
Scene 19 Scene 20

『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      

Scene 16
ホレイショー,ガートルード,廷臣(Gentleman)一名 出る.王城の一室.
1   女王. 今,あの娘御と,話などは.
     廷臣. それが,聞き分けず,最早(もはや)眞面(まとも)では.
      どうか憫(あは)れと思(おぼ)し召(め)して.
     女王. 何の話がと.
     廷臣. (しき)りに父親の事を.何でも,企(たくら)み事を,
      耳にしたからと,咳(せき)込んでは胸を叩(たゝ)き,
      悔(くや)しげに地蹈鞴(ぢだんだ)を踏み,疑ひとやら,
      半ばゝ筋の通らぬ事を.話に意味などは.只その,
      取留めなさが,聽(き)く者の心を捉(とら)へ,
      皆聽(き)き入つて,言葉を綴(つゞ)り合はせては,
      思ひ思ひに推(お)し量り,また,目配せや頷(うなづ)きや,
      その身振りから,今やおのおの,定かならねど,
      惡しき事を思ひ浮かべて.
5  ホレイ. 出來得れば,話をされては.このまゝでは,
      あらぬ疑ひを,惡意を抱く者の心に.
     女王. では,通すが良い.
                              オフィーリア 出る.
    [傍白](や)んだ魂には,罪有る者の常,一〻の事が,
      大きな禍ひの前觸れかと.募(つの)り來る疑ひこそは,
      罪の徵(しるし).怯(おび)ゆる心が,この身を苛む.
    オフィ. [ポローニアスの口調にて](いづ)れにと,
      見目麗しき,デンマークの奧方樣は.(註1)
     女王. これは,オフィーリア.
          オフィ. 唄ひ出す.[歌は女聲]
    オフィ.      御こゝろ定めし,その殿御,
         如何にて御探し得ませうや.
         貝をあしらふ巡禮(じゆんれい)の,
         被(かぶ)りの物に,旅の杖,
         その素足には,サンダルを.(註2)
    [本物の巡禮ではなく,假面舞踏會での事であらう.]
10   女王. あゝ氣の毒に.何故また,その歌を.
    オフィ. それ,いや先づ,お聽きを.[ポローニアスの口調.歌は女聲.]
        (な)が人,既に,身罷(みまか)りぬ.   歌
        (つむり)あたりは芝草の,
        緑に深く飾られて,
        その踵(きびす)には,墓の石.
      お,ほう. 
          [こゝもポローニアスの.今日も Santa Claus などの老人言葉.]
     女王. どうか,オフィーリア.
    オフィ. よく,お聽きを. [ポローニアスの口調.歌は女聲.]
        白きこと,死出(しで)の衣(ころも)は,嶺の雪
            國王 出る.
     女王. あゝ,あれを御覽に.
15  オフィ.    飾れる花も,馨(かぐは)しく,
        たゞ憫(あは)れなは,墓場へと,
        向かふ軀(むくろ)に注(そゝ)がるゝ,
        (いと)しむ人の,淚無し.
     國王. 變りは,お娘御.
    オフィ.  [この臺詞全體が,ポローニアスの口調.]
      これは,お蔭さまにて.それが,梟(ふくろふ)は,
      元,パン燒き屋の娘とか.貧しい身形(みなり)の,
      主(しゆ)を欺いた罰で.(「貧しい身形」以下は,譯者が插入)
      まこと,目先見ゆれど,末(すゑ)は知れぬもの.
      では,感謝の食事を.(註3)
     國王. 幻に,己が父親を.
    オフィ. まこと,皆樣,さうした言葉はお愼(つゝし)みを.
      が,その意味はと問はれたら,このやうに. 
           [ポローニアスの口調.歌は女聲.]
        明日こそヴァレンタイン樣の日で,
        誰より早く,夜明けより,
        あなたの窗邊(まどべ)に身を寄せて,
        ヴァレンタインの乙女子に.
        は目覺め,身支度し,
        小部屋の窗(まど)を開け放ち,
        娘を引き入れ,その後(のち)は,
        離れもやらぬ,仲となり.
20   國王. 哀れ,オフィーリア.
    オフィ. では,言はずもがなの,その結末を. 
        [こゝもポローニアスの口調.歌は女聲.]
        ヱス樣と,愛の聖(ひじり)樣,
        口惜しや,何と,情けなや.
        男といふは,見勝手な,
        (きざ)すがまゝに,罪作り.
        かうした仲と,なる前は,
        末は夫婦(めをと)と,言うたでは.
      男は,すると, [ポローニアスの口調.]
        如何にも女房に,してもゐた.
        あの時,閨(ねや)へ,來ぬとなら.(註4)
     國王. 何時から,この樣に.
    オフィ. どうか總ては善き方へ.堪へ忍んでこそ.
       [女口調になり]でも泣かずには.
      亡骸を,冷たい土に埋めると聞けば.
      お兄樣の耳にもこれを.
       [ポローニアスの口調に戾り]
      では,こちらこそ御(おん)禮を.
      お言葉を賜りまして.馬車をこちらへ.
      おやすみを,奧方樣方.御親切に.
      おやすみなされませ.            退る.
     國王. すぐ,あの後を.目を離すな.賴む.    ホレイ.等退る.
      おゝ,まさにも毒藥.人を蝕(むしば)む餘りの悲しみ.
      總ては父親の死を切つ掛けに.それ,あの姿を.
      おゝ,ガートルード,ガートルード.
      悲しみの人を襲ふや,一度(たび)ならず,群を成して.
      初めにあれの父が殺められ,次にそなたの息子が城を去る.
      しかも,無謀な振舞ひゆゑの,國拂(ばら)ひ.
      人心は動搖し,先の見えぬ不安から,
      ポローニアスの死の經緯(いきさつ)を噂する.
      こちらも,手際拙(つたな)く,急(せ)かすが如くの埋葬を.
      憐れ,オフィーリアは己を失ひ,分別も失せ,
      つまりはたゞの繪姿か,獸(けもの)さながらに.
      止(とど)めは,これら總てに等しき出來事が.
      あれの兄が,密かにフランスより戾り,疑ひを募らせしまゝ,
      姿を晦(くら)ませて.いや,事缺(か)くまい,あれの耳へ,
      禍〻(まがまが)しげに,父親の死を吿げる輩(やから)には.
      やがては,謂(いは)れ無く,この身を詰(なぢ)る聲〻は,
      人の耳から耳へと.おゝ,何と,ガートルード,
      あたかも碎け散る砲彈となり,この身を幾たびもの,
      死へと追ひ遣るのだ.         舞臺裏にて騷ぎ
傳令 出る.
        誰か.どこだ,スイスの衞兵は.扉を固めよと.
      何があつた.(註5)
25   傳令. お立ち退(の)きを.海原の,津波をなして,
      大地を吞込む樣をも凌(しの)ぐか,あのレィアティーズが,
      暴徒を率ゐ,警護の兵を組伏せて.群衆は彼を頭目と崇め,
      あたかも今こそ世の初めなりと,古(いにしへ)よりの,
      法も定めもあらばこそ,口〻に,レィアティーズを國王にと,
      帽子を打振り,拳を突上げ,天にも屆けと,
      レィアティーズを國王にと.
     女王. 何を浮かれて,あらぬ方(かた)への吠え立てを.
舞臺裏にて騷ぎ
        こゝに獲物など.役立たずの,デンマークの犬どもが.(註6)
レィアティーズ が一團とともに 出る.
     國王. 扉が破られた.
    レイア. どこだ,國王は.賴む,皆は扉の外で.
     皆〻. いや,共に中へ.
30  レイア. 賴む,願ひを.
     皆〻. 分つた,分つた.
    レイア. 禮を言ふ.扉に見張りを.おゝ,この惡逆の王.
      返せ,父上を.
     女王. (おだ)やかにと,レィアティーズ.
    レイア. 血の一滴(しづく)たり,穩やかなれば,この身は母の,
      不義の子供.父は寢取られ,母へは賣女(ばいた)の烙印を,
      あらうことか,操(みさを)堅かりし淸らな額(ひたひ)に,
      押すも同然.
35   國王. どうしたといふ,レィアティーズ,そなたの謀叛の,
      仰〻しさは.構ふな,ガートルード.案ずるな,王を.
      もとより神の加護の垣根が,王の身に.逆賊どもの,
      目には見えまい,が,何ほどの事が出來ようぞ.
      申せ,レィアティーズ.何ゆゑかくは憤る.
      構ふな,ガートルード.述べるが良い.
    レイア. どこへと,父を.
     國王. 死んだ.
     女王. が,このひとには,何も.
     國王. 構はず言はせよ.
40  レイア. 何故(なにゆゑ)に死んだ.受けぬぞ,誤摩化しは.
      地獄へ呉れてやる,臣下の誠(まこと)など.
      誓ひも奈落の魔王へと.人の心も神の惠みも,
      底無き地中の闇にへと.祟(たゝ)らば祟れ.
      もはや退(ひ)かぬ.この世の命も,後(のち)の世も無し,
      ならばなれ,思ひはたゞ一つ,父の仇を取らうのみ.(註7)
     國王. 誰に止められう.
    レイア. 誰にもだ,この世總てが懸かつても.その爲ならば,
      僅かな傳(つて)をも逃すまい.やがて功を奏しよう.
     國王. したが,レィアティーズ,もし,眞相を知りたくば,
      これが仇討ちの筋書きに,適(かな)ふ事か,手當(あた)り次第,
      友と敵(かたき)の見境ひも無く,勝ちのみ取る事が.
    レイア. いや,たゞ父の,敵どもをこそ.
45   國王. では,知りたくは,その者どもを.(註8)
    レイア. 父の味方なら,かうして兩の腕(かひな)に迎へ,
      命を雛に捧げるペリカンに倣(なら)ひ,己が生き血をも,
      與へませう.
     國王. いや,やうやくの,親を思ひ,道を辨(わきま)ふ武人の言葉が.
      この身に科(とが)無き,お前の父の死.が,どれほど今も,
      心傷めてか.やがて知れよう,お前の心にも.
      日差しがその目を射る如く.
舞臺裏にて騷ぎ.
     皆〻. 娘御を中へ.
オフィーリア 出る.(註9)
    レイア. どうした,何を騷いで.
      おゝ,湧き來る熱よ,腦髄を干し上げよ.
      涙よ,彌(いや)増す悲しみの鹽(しほ)で,目の働きを灼(や)き潰せ.
      必ずや,お前の狂氣を償はせてやる.
      正義の女神の,秤を覆(くつが)へしても.
      おゝ,咲き初(そ)めし薔薇,愛しき乙女,妹よ,
      心優しきオフィーリア.おゝ,天よ,乙女の心が,
      老いたる者の儚(はかな)さに,
      よもや似てとは.
50  オフィ.  亡骸の,面(おもて)も覆(おほ)はで,
        輿(こし)に載せ,
        (ヘイ,ノン ノ ニ,ノニ,ヘイ,ノニ)

        墓へと注がる,雨なす淚.
        やすらかに,愛しきお方.
    レイア. 正氣のお前が,仇(あだ)をと請(こ)うても,
      これ程,心打たれまい.
    オフィ.  さあ,あなたは,‘しとゞ,しとゞ’ とよ.
      それに應(こた)へて,あなたは,‘とゞ,しとゞ ’.
      まあ,何て絲紡(いとつむ)ぎにぴつたりな.
      肚黑の執事,主(あるじ)の娘を盗んだは.
       [上の行のみ,ポローニアス口調でも可か]
    レイア. 意味無き樣が,更にも胸を.
    オフィ. これはローズマリー.譯(わけ)は忘れな草.
      どうか私を忘れずに.それとパンジー,物思ひの花.
55  レイア. 教へが狂ふた言葉にも.思うて忘る勿(なか)れと,まさに.
    オフィ. この[阿(おもね)り草の]フェンネルは,あなたに.
       [二心の]コロンバインも.悔い改めのヘンルーダは,
      あなたに.それと,少しはわたしにも.
      またの名が,安息日の御(み)惠み草だもの.
      あなたはかう附けて,私とは別.
      それとデイジー,[噓つきの].本當は,[忠實な](すみれ)草を.
      でも,皆,枯れて,父上の亡くなつた,その時に.
      聞けば見事な御最期と.
      [花の説明[ ]は原文には無い.上演時には適宜に.]
        凛〻(りり)しいロビンは,
        わたしの總(すべ)て.
    レイア. 憂ひや惱み苦しみや,地獄でさへも,あれが語れば,
      好もしく,愛(いと)し氣にさへ.
    オフィ.   戾りはせぬか,今一度.
        戾られぬか,ふたゝびは.
        いゝえ,今は,亡き人に.
        そなたも死出の臥所(ふしど)へと.
        二度と歸らぬ,人なれば.
        その顎髯(あごひげ)は,白き雪.
        髮は薄茶の,亞麻の色,
        今や亡き人,亡きお方,
        歎きも今は,何とせむ.
        御(み)惠みを,その魂に,
        總てのクリスト教徒へも
      倖ひや,あれ.  [オフィ.とガート. 退る.](註10)
    レイア. これを御覽か,おゝ,神よ.
60   國王. レィアティーズ,是非ともお前の歎きを倶(とも)に.
      いや,拒むとなら,直ぐに外の仲間から人を選りすぐり,
      お前とわたしの話から,事の眞僞の見窮めを.
      もし王自ら,または人を用ゐ,手を下したとなら,
      我が王國を差し出さう.王の冠,我が命,
      總ての具はる,物をお前へ,悦びをもつて.
      が,違ふとなら,進んで暫し,心を王に委ねるが良い.
      ならば王も心を碎(くだ)かう,お前の思ひの滿ち足りる迄.
    レイア. さう致しませう.父の死の樣(さま),密かな埋葬,
      墓には譽れの,劔(つるぎ)も紋章も無く,榮(は)えある儀禮も,
      葬送の式も.聞こえるのだ,天からの聲の如く,
      必ずや,これを糺(たゞ)せと.
     國王. それがよい.罪ある處に,大いなる斧を下させよ.
      まづは奧にて.              退る.



(註1)オフィーリアの此の第一聲は,加筆插入したト書きのとほり,自らが父ポローニアスと成り切つての臺詞となる.ガートルードへの世辭に滿ちたこの文言は,オフィーリアの獨創ではなく,日頃のポローニアスがガートルードの許を訪れた際に,好んで用ゐたものであると考て良い.つまり,狂つたオフィーリアは,父親の不在を自らが父を演ずる事で埋め合せてゐるとも言へようか.
 何れにしても,オフィーリアが正氣で無い事は,場面の冒頭,廷臣の報吿により,觀客は既に承知させられてゐる.そのまゝ如何にも有り觸れた狂女の登場を豫測するところへの,此の登場である.完璧に正氣を失つた姿を觀客に印象附ける場面となる.まことに見事な作者の工夫と云ふ他は無い.豫想をさせて,それを上囘る趣向を作り出す事は,まさに作者の醍醐味とも云ふべきであつたらう. 
 さて,狂つたオフィーリアは二度に分けて登場するが,一度目の登場に關しては,その後の『臺詞』部分も殆どはポローニアスの口調となる.それを見たクローディアスは,この後 ”Conceit vpon her Father.” と語るが,これは「自身が父親との妄想を」の意である.
 ところが,從來はこれを,オフィーリアがその直前に語る ”we know what we are, but know not what we may be.”(目先見ゆれど,末(すゑ)は知れぬもの.)の臺詞により,突如死に見舞はれた父ポローニアスの運命を思つてゐると解し,これに對してクローディアスが感想を述べるかに扱ふが,それではオフィーリアに何らかの『正氣』が殘つてゐる事となり,觀客は混亂させられるばかりである.誤讀といふ他は無い.
 同じやうな『誤讀』に,この第一聲を,もはや心身ともに美しさ失つたガートルードへの皮肉とするかの解釋や上演もあるが,他者へのさうした關心を持てる餘地があるならば,正氣を取戾す事も出來得ようともなり,不適切である.オフィーリアには,もはや正氣の缺片(かけら)すらも失はれてゐると見るべきで,その他,怒りを含んで登場させる演出もあるが,ともども中途半端な場面となり,『深讀み』が卻つて觀客を混亂させる.
 かうした『誤讀』が生じる原因は明らかで,この一度目の登場の全體像が,まつたく見失はれたまゝ,部分の解釋に飜弄させられてゐる爲だ.


續く二度目の登場では,ポローニアスの影は無くなり,無邪氣な狂女の姿での登場となる.つまり二つの登場は,まことに見事に描き分けられてゐる.二度に分けての登場を批判する論も見掛けるが,的を外した議論と言ふ他は無い.
 さて,知る限りの飜譯本は,總てオフィーリアの臺詞を女言葉で飜譯してゐる爲,この飜譯で示した樣な解釋など,讀者には思ひも附くまい.また,そもそも底本とされた英文校訂本も,『ポローニアスを演ずるオフィーリア』といふ視點を全く缺く爲に,この後の臺詞の遣取りが,ちぐはぐで薄ぼんやりとした意味不明なものとなる.(なほ,以前この場面を,坪内逍遙ならびに戸澤姑射譯は老人の口調として正確に飜譯してゐると書いたが,ちと『早とちり』で,彼らも『女口調』として譯してゐる.訂正する次第.)
 ところで,この第一聲の臺詞にある beautious 「見目麗しき」の單語は興味深い.と言ふのも,第7場でポローニアスは,ハムレットの戀文の文言を批判してゐるからだ. beautified (「見目整ひたる」と飜譯)の單語が其れで,オフィーリアが日頃のポローニアスに成り切つてゐるとすれば,ポローニアスはこの單語 beautious をこそ,望ましいと考へて ゐたと言へようからだ.

 尙,オフィーリアは そ れなりに正裝で登場する.何かしらポローニアスの衣裳の一部または持ち道具を身に着けてゐても良いと考へる.今日オフィーリアが裸足や寢間着姿で登場する上演が跡を絶たないが,譯の解らぬ思ひ附きだ.おそらくは17世紀後半の女優の出現から始まつた『惡習』であらう.芝居を觀たいのか,女を見たいのか,譯の分からなくなつた時代の産物である.
 ともかくも,如何なる王宮であれ,そもそも寢間着姿での徘徊はあるまい.人〻が,寢間着姿の娘の言に,耳を傾ける事も考へ難い.更に,第18場でガートルードの語るオフィーリアの溺れ死ぬ樣子とまつたく整合しなくなる.寢間着姿で水に落ちれば,暫く水に浮かぶどころか,忽ち姿は見えなくならう.尠くとも初演當時は有り得ぬ服裝である.近代以降の發明である女の『下着』も無かつた時代が初演でもあるのだから.


(註2)

(註3)父親の晩餐の禱り(grace)役を眞似てゐる.第7場 クローディアスがポローニアスに,歸還した大使たちの招き入れを促す臺詞に對應.日頃ポローニアスは晩餐の席において,禱りの先導役を演じてゐたのである.こゝを『ポローニアスの口調』すなはち『ポローニアスに成切つての臺詞』と解釋しないと,次の國王クローディアスの臺詞は,意味不明なものとなる.前(さき)に述べた Conceit vpon her Father. の臺詞だ.

(註4)ところで,この歌は,オフィーリアが自身の『失戀』を,そのまま歌つたものでは無い.ポローニアスに成り切つてゐる事を理解出來れば,父親の説教もしくは教訓の一部であることが判らう.隨つて,この歌からハムレットとの何らかの情交關係を類推する事は,全くの誤りとなると考へる.

(註5)スイスの傭兵は,當時廣く王族のボディーガードとして用ゐられた.クローディアスには,始終彼らが身邊の警護をしてゐた事が判る.警戒は嚴重でもあつたのだ.

(註6)第12場でクローディアスに,ハムレットについての僞りの報吿をして以來,ここまでクローディアスの度〻の呼掛けにも殆ど應へてこなかつたガートルードが,苛立つやうに言葉を發する.心の中の激しい葛藤が,目に見えるやうである.

(註7)レィア ティーズの臺詞には,この後も折〻,瀆神と言つて良い文言が插入される.ともかく敵を抹殺出來るなら,卑劣な手段を用ゐても(實際この後,ハムレットを欺き毒殺する事になるが)良しとする譯だ.たゞし,その思ひを,遙かに上手の惡黨であるクローディアスに利用される事となる.ハムレットの求める復讎とは全く對稱的に描かれる.

(註8)レィアティーズが「敵ども」enemies と複數形を用ゐたのを受けてゞあるが,クローディアスも「者ども」themと複數形で問ひ返す.ガートルードの手前,ハムレットを庇ふ素振りを見せてゐると言へよう.]

(註9)この登場には冒頭場面のやうなポローニアスの影は,無い.基調は狂女の演戲で良い.時折,ポローニアスと成切る臺詞と扱ふことも,可とは思ふが,そこは適宜に.

(註10)オフィーリアの退場は 1623年版(F1)のものに隨つたが,問題あるまい.問題はガートルードだが,指示書きは何も無く,場の最後まで殘ると讀めるのだが,この後クローディアスはレィアティーズに,復讎を唆す臺詞を述べる.これをガートルードは聞かぬ事にした方が良いのではと考へ,こゝでの退場とした.また,次の場でガートルードは,オフィーリアの溺れ死んだ樣子を報吿に現れる.多少ともオフィーリアの傍にゐたとの印象があつた方が良いのでは無いかとも考へるが,如何であらうか.

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