2011年10月20日木曜日

ハムレット SCENE 6

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
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『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      

Scene 6
ポローニアス 出る.下僕一人か二人を伴ふ.ポローニアス邸の一室.
[前場から二月ほど後の或る朝.]
ポロー. あれに此の金子(きんす)と書附けを,レイナルドー.
レイナ. (かしこ)まつて.
ポロー. ひとつお前に上〻の手柄を立てさせよう,レイナルドー.
     あれを訪ねる前,探りを入れよ,日頃の行ひにだ.
レイナ. はい,そのつもりでは.
ポロー. でかした,いや良くぞ,よくぞ申した.
     よろしいか,先づかう尋ねよ,どんなデンマーク人がパリにはと.
     で,その樣子,誰がどうやつて,どこに泊り,仲間は誰で,
     金遣ひはとな.で,この遠卷きの小手調べで,
     相手が倅(せがれ)の知合ひと判つたら,より踏込んで,
     囘り諄(くど)い話は打切り,いかにも噂は,
     耳にもしてとの素振りで,よいか,
     知り合ひだ,父親ともその仲間とも.いさゝかは本人もと.
     聞いとるか,レイナルドー.
レイナ. はい,それは,もう.
ポロー. いさゝかは本人も,が,然(さ)樣,能(よ)くでは,とな.
     しかしさうなら,大變な亂暴者で,道樂も然〻(しかじか)と,
     倅についての口から出任せを.いや酷くで無く,
     名は汚(けが)さずにだ,そこが肝腎.が,つまり,
     手に餘る荒つぽい,良くある羽目外し,
     若くて氣儘(きまゝ)な身に有り勝ちな,
     お馴染みの御所業といふ譯(わけ)だ.
レイナ. では,賭事好きとか.
ポロー. 然樣.または深酒,フェンシングの賭,誓ひの安賣り,
     喧嘩好きなどだ.女遊び,このあたりまでは良い.
レイナ. ですが,それは,お名の汚れに.
ポロー. そこは程よく咎(とが)めれば良い.が,ならぬぞ,
     更なる御亂行(らんぎやう)など.つまり色事に見境無しなどは.
     さうでは無くてだ,過(あやま)ちも上手い工合(ぐあひ)に語り做(な)し,
     氣儘(きまゝ)な身ゆゑの,火と燃ゆる,心から來る跳ね上り,
     抑(おさ)への利かぬ,血の氣の不作法.よくある只の,
     不始末と言つた工合にだ.
レイナ. ですが,それは.
ポロー. 何の爲に,さうするか.
レイナ. はい,そこを知りたく.
ポロー. さて,そこだ,かう言ふ譯だ.いや,なかなかに上手い手と.
     輕い汚(よご)しを倅(せがれ)に掛ける,つまり動けば,
     泥も撥(は)ねよう程にだが,いゝか,話の相手,
     探りを入れよう御仁がだ,それまでその目で,
     列べてみせた罪のうち,お前の吹込む倅の罪作りを,
     見たことあらば必ずや,こちらの話に乘つて來る.
     ‘あのう’ だとか,‘きみきみ’ または,
     ‘そこのお方’ とか,そこは,人柄,國柄だが.
レイナ. なるほど,はい.
ポロー. そこでだ,よいか,いやその.はて,何を言はうとして.
     嘘は無い,今,何か言はうとして.今,何と言つとつた.
レイナ. その,話に乘つて來るとか,
ポロー. 話に乘つて來る,さうさう,乘つて來てだ,
     知り合う仲だ,見掛けた,昨日もとか,先日もとか,
     何時とか何とか,それこそだ,賭事があつてとか,
     呑み潰れてとか,喧嘩をテニスの時にとか,事に依れば,
     見たよ,ある店へ,お通ひのとこを,と,かく言ふは,
     遊女屋あたりなどの事.さてどうだ,見せ掛けの餌を用ゐて,
     まことの鯉(こひ)を釣上げる.智慧と器量のある者は,
     梃子(てこ)を用ゐて先づ試し掘り,搦(からめ)手から攻め,
     大手を仕留める.つまり,今の敎へを基にして,
     倅の樣子を探り當(あ)てよ.解つたな.
レイナ. はい,それは,よく.
ポロー. 御惠(みめぐ)みを.さ,行くが良い.
レイナ. お遑(いとま)を.
ポロー. (しか)と慥(たし)かめよ,己が目で.
レイナ. (かしこ)まつて.
ポロー. あとはあれには,氣儘(きまゝ)にさせてだ.
レイナ. 必ずや,はい.                   レイナ. 退る.
そこへ オフィーリア.
ポロー. ではだ.どうしたオフィーリア,何があつた.
オフィ. おゝ,父上,父上,今とても,怖いことが.
ポロー. とは,何がだ,全體(ぜんたい)
オフィ. それが,部屋で縫ひ物をしてゐると,ハムレット樣が,
     上著(うはぎ)の胸紐(むなひも)も解け,帽子も召されず,
     靴下は泥に塗(まみ)れ,止め飾りも無く,踝(くるぶし)まで下がり,
     顔はお召しの,シャツのやうに青褪(あをざ)めて,
     膝頭を打ち振るはせ,酷く痛〻しげに,まるで奈落から逃げて,
     その恐ろしさを,傳へに來た樣に,目の前に.
ポロー. 戀の物狂ひか.
オフィ. それは何とも.でも,まこと恐ろしく.
ポロー. で,何と.
オフィ. この手首を取り,きつく握つて後ずさり,
     腕一杯にのびるまで.もう片方は額にかう翳(かざ)し,
     顔を見詰め入り,繪(ゑ)にでも描かうかと言ふやうに,
     長い間そのまゝで.つひには輕く腕をゆさぶり,
     三たび,かう,頷(うなづ)かれて,深い溜息を,
     痛〻しげに,身も頽(くづほ)れて,消え入りさうな御樣子で.
     そのあと,手を離され,お歸(かへ)りに.
     肩越しに顏を向けたまゝ,出口の扉は,
     見ずとも判ると言ふやうに,何時までもわたくしを,
     見詰められたまゝ.
ポロー. さあ,一緒に來るのだ.こちらは王を探さねば.
     これぞまさに,戀の氣(き)逆上(のぼ)せ.
     いづれ,その激しさゆゑ,戀そのものを損つて,
     果ては己を,見境の無き振舞ひに驅(か)り立てる.
     いや,同じ事.しばしば情熱と名の附くものは,
     人を蝕(むしば)むものなのだ.何とも,これは.
     で,王子に近頃,何かつれない言葉でも.
オフィ. いゝえ,父上.たゞ,はい,お言附け通り,
     きちんと手紙はお返しゝ,お出(い)でもきちんと,
     お斷りを.
ポロー. で,血迷つたか.しまつた事を.
     今寡(すこ)し心して,氣にも懸け,見守るべきを.
     こちらは王子が,たゞ慰みから手を懸けまいかと.
     いや忌〻しい勘繰りめ.何ともはや,この歲になると,
     氣遣ひが過ぎ,揚げ句,若い連中の無分別と,
     選ぶ處無しの始末に.さあ,王の許へ.是非ともお耳に.
     隱し立ては,いづれ卻(かへ)つて,お悲しみを煽(あふ)らうもの.
    この戀物語,今は耳に厭(いと)はしからうとも.さあ.    退る.


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