2011年10月29日土曜日

ハムレット SCENE 19

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
Scene 1 Scene 2 Scene 3 Scene 4 Scene 5 
Scene 6 Scene 7 Scene 8 Scene 9 Scene 10 Scene 11 
Scene 12 Scene 13 Scene 14 Scene 15 Scene 16 Scene 17 Scene 18 
Scene 19 Scene 20

『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      

Scene 19
道化方 二人 出る.[一人は墓掘り,相方は小役人.
舞臺中央に切り穴(墓穴用)日中の靈園との想定]

[原文のト書きは「道化方二人出るEnter two Clownes.」としか無い.この爲か殆どの上演では二人共〻墓掘りとして扱はれるが,しかし遣取りからすると一方は墓掘りだが,相方は墓掘りに指示を與へる小役人であると考へる.身分の違 ひがあればこそ,妙な頓智で墓掘りが優位に立つ事の可笑し味も出る.墓掘り同士では意味をなさない.また,身分の逆轉は此の後ハムレットによつても指摘さ れるところである.]

 道化. と,娘子の墓は,クリスチャンの扱ひでかね.
    好きでやつた,自前の『お召(め)し』だのに.
  相方. 言つたとほりだ,だから墓は,眞つ直ぐにだ.
    [東西つまり聖地エルサレムに向けての意.]
    檢視方が調べ上げ,クリスチャンで好いさうだ.
  道化. なんで,あれが.身投げで我が身を庇(かば)つたてなら,
    別だがさ.
  相方. なあに,さうだと.
 道化. なら,まあ,『自虐權の行使』だな.違ひ無い.
    と申すのはだ,もし,吾輩が態(わざ)と溺れる.
    これすなはち『行ひ』なり.と,この『行ひ』には,
    三つの型あり.行ふ,仕出かす,してみせる.
    よつて娘は,態とに身を投げた.

[自殺に至る經緯を3段階に分けて分析した法廷辯論は現實に存在した.それを道化は,3段階ではなく3種類として理屈をこねる.つまりパロディーである.]

  相方. おい,いゝかね,大將,墓掘りの.
  道化. 暫しお耳を.こゝに水があり,さう.こゝには男が,然樣.
    この男が水邊(べ)に出向き,身を投げる.すれば否でも應でも,
    仕出かすとなる.よいかな.が,もし,水の方から,
    出向いて男を呑んだなら,身投げにあらず.かるがゆゑに,
    男は身を投げず,己が命も縮めてをらぬとす.
  相方. それが,法律に.
  道化. あるともさ.檢視方の『三ダン論』て『法』が.
10 相方. 聞くかね,本當んとこを.これが,名のある,
    武家(ものゝふ)連の娘でなけりや,クリスチャンの墓からは,
    閉出しさね.
  道化. いや,もつともだ.哀れなものさ,お偉いさんは,
    その役得があるもんで,身投げと首括(くゝ)りを,
    やらかし易い,竝(なみ)のクリスチャンより.
    それ,鋤(すき)をくれ.今や大昔から續く武家(ものゝふ)となると,
    庭師か土方か墓掘りだけだ.アダム以來の家業を掲げて.
  相方. は,アダムが武家(ものゝふ)
  道化. 世に初めての,紋章持ちさ.

[「さあ,鋤をくれ」以下の遣取りは1604年版の Q2 では,ここまでである.原文の出だしは Come my spade で,譯者の解釋としては,もともとは「ここへ來い,我が spade よ」と spade(鋤) に呼掛けて,「今や大昔からの…」以下は spade を翳し,誇らしげに語り掛ける臺詞だと考へる.
  spade はもともと刃物を意味し,トランプのシンボルは武家階級を表す圖形化された刀劍である,墓掘りは,あたかも武人 gentleman が劔に語りかけるが如くの素振りをしたものと考へる.
  墓掘りによればアダムこそはこの世で初めて spade すなはち Armes(= 武器)を携へた人間であり,そして,bore Armes ( > bear arms) とは紋章を身などに帶るの意ともなり,アダムは gentleman に違ひないとなる.その spade を今も持ち續けてゐるのは,庭師,土方,墓掘りだけであり,それこそが眞性の gentleman であると言ひたいのだ.
  さらに,1623年版ではあらたに遣取りが加はつた.相方が「アダムは無一物の筈だ」と言ふと「聖書によれば,この世に初めての人間であるアダムは,樂園追放後,地を掘る dig すなはち耕したからは,Arms すなはち spade を持つてゐなかつた筈は無く,Arms 持ちであれば,gentleman に違ひ無いといふのである.
  いづれにしても,spade を Armes と言ひ換へ,bore Armes を熟語に擦り替へ,つまりは原語に固有の屁理屈で,そのままでは何とも日本語にはなり難く,苦肉の策として,1623年版の遣取りと,Arms を紋章の意と解釋する説を織り交ぜて,ご覧の通りの遣取りに仕立てた.ああ,しんど.]


  相方. まさか,持つ譯が.
15 道化. え,あんたは異教徒か.どう聖書を理解しとるね.
    聖書に曰(いは)く,アダム,地を掘れり.とは,ハタ(畑)仕事だ.
    ハタ(旗)と來りや,紋章は附かうがね.よし,今一つ尋ねよう.
    もしその答へ,的を射なくば,身を悔ひて後(のち)….
  相方. よせや.
  道化. では,誰が,石工(いしく)や船(ふな)大工や大工より,
    堅固(けんご)なる物の,造り手なるや.
  相方. (しば)りッ首の臺(だい)造り.持ちの良いこと,
    店子(たなこ)が千人替つてもと來る.
  道化. なかなかやるでは.ありや,持ちは良い.が,どう良いか.
    店子てのは惡黨(あくたう)の事だ.そこが不屆(ふとど)きな.
    堅固なること,首吊り臺(だい)が教會に,勝(まさ)ると言ふも同然の罪.
    かるがゆゑ,あの臺は,お前さんにこそお誂(あつら)へ.
    別の答へをだ.
20 相方. 誰が,石工や船大工や大工より,堅固な物の,造り手かだと.
  道化. 然樣.當たれば釋放(しやくはう)
  相方. さう,あれだ.
  道化. どうれ.
  相方. あゝ,いや,判らん.
25 道化. 頭の惡足搔き,そこまでだ.血の巡りは驢馬(ろば)の脚竝み,
    鞭(むち)を當てゝも直らんさ.では何時か,この問答を,
    仕掛けられたら,『墓掘り』とこそ.造れる住(すま)ひは,
    最後の審判の,その日までとだ.さあ,行つた,
    店屋(みせや)から酒を,一杯がとこ.       相方,退る.
     若き日の 戀(こひ)の直中(たゞなか),       歌.
     甘さに醉ひ痴(し)
     時の費(つひ)えも 省(かへり)みず
     戀に勝(まさ)るもの無しと

         そこへ,ハムレットとホレイ ショー出る.
 ハムレ. はて,この男,厭(いと)ひもせずに,
    鼻歌混じりで墓掘りを.
 ホレイ. (なら)ひが身に附き,氣樂な性(さが)にと.
 ハムレ. なるほど,慣れぬ手でこそ知る熱さとも.
  道化.  だが忍び來る 老いの影           唄ふ.
      逃(のが)れ難(かた)き その爪が
      奈落(ならく)の底へと 引き込めば
      かつての日〻は 影も無し.

            と,髑髏(どくろ)を投げ揚げる.
30 ハムレ. あの髑髏にも舌があり,歌を唄ひさへ.
    何と彼奴(あやつ)め,それを地べたに叩き附け,
    まるでカインの,驢馬の顎骨扱ひに.
    あの,世に初めて,人を殺(あや)めた兇器となつた.
    これも或いは,カイン同樣,策士と呼ばれた男の頭とも.
    今は間拔けめに弄(もてあそ)ばれて,かつては神をも,
    欺いたらうに.どうだ.
  ホレイ. 或いは,はい.
  ハムレ. または,宮仕への.となると,
    “お早いお目覺(めざ)で,いと御機嫌,麗しく”,
    などの手合では.某(なにがし)閣下の馬を褒めちぎり,
    強請(ねだ)り取らうとの下心.どうかな.
  ホレイ. 有り得ませう.
  ハムレ. だのに今や,蛆蟲夫人の想はれ人(びと)
    顎(あご)を外され,腦天を,寺男の鋤(すき)に叩かれて.
    人の定めの巡る樣が,透けても見えるか.
    骨となるまで生きたのは,棒投げ遊びの道具竝みに,
    扱はれよう爲などでは.こちらの骨も疼(うづ)き出す.
35  道化. 鶴嘴(つるはし)振るひ鍬(くは)で掘り       唄ふ
      死に裝束(しやうぞく)に丈(たけ)合せ
      さて穴藏を 今直ぐに
      そんなお客に どんぴしやの   
と,また,髑髏を投げ揚げ.
   ハムレ. それまたか.はて,もしやあの髑髏,
    辯護士かとも.どこへ遣つた,得意の屁理窟は.
    言ひ拔けと訴訟の山と,權利がどうのゝ驅(かけ)引きは.
    なぜまた大人しく,無禮な輩(やから)に,
    泥のシャベルで小突かれながら,言ひ返さぬのだ.
    傷害の罪で告訴してやると.ふむ,この男,
    世にある時は,手廣(びろ)く土地を買ひ漁つてゞは.
    やれ,擔保(たんぽ)だ證文(しようもん)だと,和解の證(あかし)や,
    證人立ての仕組を逆手に,己がものに.
    「揚げ句」が,この樣(ざま).和解も今や瓦解と變り,
    土地はと言へば,髑髏(どくろ)に詰まる土塊(つちくれ)のみで,
    「けり」附きに.今でも保證人や證人が味方をすると.
    間口奧行,高が割符證文(じようもん)一枚にすら及ばぬに.
    書類の束さへ,この入れ物では納まらぬ.しかも,
    手に殘るものが髑髏のみでは.
  ホレイ. 何も他には,はい.
  ハムレ. 證書の造りは,羊の革か.
  ホレイ. はい,それは.他に犢(こうし)も.
40 ハムレ. つまりは,羊と犢に己(おのれ)を委ねる爲體(ていたらく)
    さて,男と話でも.誰の墓かな.
   道化. あたしんで.
       さて穴藏を 今直ぐに          唄ふ
  ハムレ. 如何樣(いかさま),お前のか.答へも「いかさま」ゆゑ.
   道化. いえ,逆樣で.拵(こしら)へなければ,穴なんぞ無し,
    そちら樣は拵へはせず,となれば,拵へた,あたしんで.
  ハムレ. なるほどの,拵へ事を.墓は死人(しびと)のもの,
    生き身の持ち物ではない.やはりは,いかさま.
45  道化. いや,驚いた,死人が墓を拵へるかね.やはりは逆樣,
    で,お尋ねは.
  ハムレ. どんな男の墓になる.
   道化. いえ,男では.
  ハムレ. どんな女と.
   道化. それが,どちらでも.
50 ハムレ. 誰が,では,入るのだ.
   道化. かつては女人(によにん),が,安らかなれ,
    今では死人(しにん)で.
  ハムレ. 見事やられた.言葉を選ばぬと,揚足を取られる羽目に.
    まつたく,ホレイショー,こゝ數年氣になるが,世の中が進み,
    今や農夫の爪先が,宮仕への皹(あかぎれ)持ちの踵(かかと)を蹴る圖(づ)に.
    何年になる,墓掘りになつて.
   道化. 數多(あまた)日のあるうち,始めたその日,
    前(さき)の國王が,フォーティンブラスを打ち負かして.
  ハムレ. で,何年に,その日から.
55  道化. 知らんのかね,どんな阿呆でも知るものを.
    まさにその日,ハムレット王子がお生まれに.
    あの,氣が違つて,イングランドに送られた.
  ハムレ. さうか.が,何故またイングランドへと.
   道化. そりや,氣違ひだからで.直るさ頭も,
    彼處(あそこ)でなら.ま,駄目でも構はん,彼處なら.
  ハムレ. なぜ.
   道化. 目立たんからで.彼處でなら,あれ位には,
    皆んな氣違ひで.
60 ハムレ. で,何故氣が違つた.
   道化. えらく,妙だと言ふ事で.
  ハムレ. どう,妙なのだ.
   道化. それがだ,正氣では無いさうで.
  ハムレ. その元は,どのあたりに.
65  道化. 元も今も,あたしや,デンマークで.
    寺男になつてから,かれこれ三十年さ.
  ハムレ. どれほど掛る,人が土の中で腐るまでに.
   道化. さうさね,腐る前に死んでゐりやだが,いや何せ,
    瘡(かさ)つ搔きが近頃多くて,埋めるまで保(も)ちやしない,
    まあ,大方(おほかた)は八年か九年.革職人なら,
    九年は保つが.
  ハムレ. 何故,永く保つ.
   道化. そりや,家業柄(がら),自分の革も鞣(なめ)されて,
    水を永い事,撥(はじ)くんで.この,水てえのが曲者で,
    死人(しびと)の軀(からだ)を腐らせる.それ,この髑髏,
    土ん中に,二十と三年埋まつてた.
70 ハムレ. 誰のだ.
   道化. (てて)無しの氣違ひ野郎.誰んだとお思ひに.
  ハムレ. いや,判らんな.
   道化. ペストに取つ憑かれろ,氣違ひめが.
    昔,葡萄酒一壜,ひとの頭に浴びせやがつた,
    そいつの髑髏で.まさに,ヨーリックてえ,
    王のお伽(とぎ)(がた)の.
  ハムレ. これが.
75  道化. さうとも.
  ハムレ. 何と哀(あは)れや,ヨーリック.
    この男だ,ホレイショー,果てしも無しに洒落のめし,
    しかも頗(すこぶ)る氣が利いてゐた.負(お)ぶはれた事も數へ切れぬ.
    今や何とも,悍(おぞ)ましい思ひ出に.吐き氣を催す.
    このあたりに唇があり,接吻(くちづけ)も,幾度(いくたび)と無く.
    どうした,何時もの輕口は.浮れ踊りに戲(ざ)れ歌に,
    閃(ひらめ)きに滿ちた陽氣振りは.あの,よく食卓の,
    皆をどつと笑はせた.もう,打止めか,齒を剝(む)き出しての,
    作り笑ひは.窶(やつ)れが過ぎて,出す顎(あご)も無しか.
    さあ,行け,侍女の控へゝと.で,言つてやれ,
    厚化粧する傍(かたは)らで,何(いづ)れはかくなる,
    お顔立ちにと,笑はせてやれ.
    ひとつ,ホレイショー,聞きたいが.
  ホレイ. 何をでせう.
  ハムレ. どうだ,大王アレクサンダーもこんな姿か,土の中では.
  ホレイ. やはりは.
90 ハムレ. で,臭(にほ)ひもか.ぷッ.
  ホレイ. やはり,はい.
  ハムレ. と,墮ち行く先はどんな事にと,ホレイショー.
    有り得よう,アレクサンダーの尊(たふと)き土塊(つちくれ)も,
    果ては酒樽(さかだる)の口穴を塞(ふさ)ぐ,素燒きの栓(せん)にとも.
  ホレイ. お考へは,御杞憂かと.
  ハムレ. いや,戲(ざ)れ言(ごと)では.行く末を,ごく控へ目に,
    追つてみても,さうならうでは.
    アレクサンダー,死して葬られ,アレクサンダー,
    塵(ちり)へと戾り,塵は大地へ,その地より,
    人は粘土を取り出(い)だし,粘土は形を變へ,
    何時(いつ)しか酒樽の栓となる.
      帝王シーザー,死して粘土となり,
      壁穴を塞(ふさ)ぎ,風を平(たひら)げむと.
      おゝ,その土こそ,かつては世界を戰(をのゝ)かせ,
      今や壁の塞ぎとて,雨風へ戰(いくさ)を挑む.

    いや,待て,靜かに,こちらへと王が.
國王 女王,レィアティーズ,及び亡骸(なきがら)
その他,司祭,廷臣らの一團,出る.
    女王に廷臣達まで.誰の弔ひだ.ろくな葬列も無く.
    と,柩(ひつぎ)の主は望みを失ひ,自ら命を.
    身分ある者だ.蔭(かげ)で樣子を.
95 レイア. 他に儀式は.
  ハムレ. あれは,レィアティーズ,なかなかの若武者だ.
    それ.
  レイア. 他に儀式は.
   司祭. 埋葬の儀は出來得る限り,許されようまでは.
    死因には疑ひもあり,王の特命無くば,査問も覆らず,
    靈園の外に棄て置かれうもの,神の審判のその日まで.
    となれば,慈悲の禱(いの)りに代り,道往く者に,
    石や飛礫(つぶて),皿の缺片(かけら)を投げ附けられて.
    それをかうして,乙女を標す花環を許され,花も撒き,
    鐘を鳴らしての埋葬が,出來ましたでは.
  レイア. もう,何もせぬと.
   司祭. この上は,もう.すれば,貶(おとし)むる事に,
    死者への勤めを.鎭魂の歌や安らぎを禱るなど,
    他の安らかな魂と,同じくしては.
100 レイア. 亡骸を大地へ.その美しく淸き軀(からだ)より,
    菫(すみれ)の花ぞ,咲き出(い)でよ.
    良く聞け,情けを知らぬ坊主.
    天上の天使ともならう,妹こそは.
    その時地の底で,呻き囘るがよい.
  ハムレ. なに,あの,オフィーリアが.
   女王. 似合ひの花を優しいお前に.お別れを.
    やがてはお前を,ハムレットの妻にと思ひ,
    その時は,閨(ねや)を花で飾らせようと,
    お前の墓をなどでなく.
  レイア. おゝ,幾重(いくへ)もの苦しみが,十重二十重(とへはたへ)
    あの呪はしき,男の上へ降り懸れ.彼奴(あやつ)の仕業が,
    お前の正氣を奪つたのだ.待て,大地よ,暫(しば)し.
    今一度,胸に抱き締めるまで. [墓に入つて.]
    さあ,積み上げよ,汝(なんじ)が土もて,生者もろとも.
    この地が山となり,汝築きしペリオンの嶺を超え,
    天に聳(そび)ゆる,オリンパスをも凌ぐまで.
  ハムレ. 何者ぞ,歎きの,餘りの仰〻しさ.
    その悲しげな臺詞に竦(すく)み,空往く星も往き惑ひ,
    我を失ひ,聽かされるが儘(まゝ)に.まさに,
    王家の,ハムレットだ.
  レイア. 惡魔よ,奪へ,彼奴(あやつ)の魂を.
105 ハムレ. 悪魔に願ふとは.こちらはお前に.手を離せ,喉の.
    こちらは血の氣の多い質(たち)では,が,何時滾(たぎ)らぬとも知れ.
    さあ,離せ,手を.
   國王. 分けよ,二人を.
   女王. ハムレット,ハムレット.
   皆〻. お二方.
  ホレイ. どうぞ,殿下,穩やかに.
110 ハムレ. いや,引くものか,この一件では.兩の眼の,
    黒いうちは.
   女王. 何を,また,一件とは.
  ハムレ. 愛してゐた,オフィーリアを.たとへ幾萬,
    兄はらからが寄らうとも,愛の重みは,
    この思ひに敵(かな)ふまい.何をしたいと,あれの爲に.
   國王. おゝ,狂ふてのこと,レィアティーズ.
   女王. 賴みます,あれを許して.
115 ハムレ. 是非にもこゝで,見せてみよ.泣くか鬪ふか,
    食でも絶つか,引き裂くか,己が軀を.淚を引出す,
    酢でも呷(あふ)るか,空淚する,鰐(わに)でも食(くら)ふか,
    こちらもやらう.こゝへは淚に咽(むせ)びにか.當て附けに,
    墓へ跳び込むなど.さあ,生き埋めとなら,この身も共に.
    更に山を築くとなら,やらせるがよい.ありとある,
    土を積み上げ,頂が,太陽の焰(ほのほ)に炙(あぶ)られ,
    聳(そび)ゆるオッサの嶺でさへ,地表の痣(あざ)と見ゆるまで.
    大口をなら,引きはせぬ.
   女王. これは皆,狂氣の仕業.暫くはかうした發作が.
    やがてぢつと,金の和毛(にこげ)の,雛を孵(かへ)す雌鳩のやうに,
    ものも言はず,默り込む.
  ハムレ. 聞くが良い.何ゆゑ此の身に,あの樣な物言ひを.
    日頃は良き友とばかり.いや,もう,どうとも.
    いづれ,ヘラクレスの技にても,猫はニャーとのみ,
    犬も日がな,追ひ囘さうさ.                退場.
   國王. 賴みたい,ホレイショー,あれの側に.
    こゝは堪(こら)へよ,昨夜(ゆふべ)の話通り,例の事は,
    これより直ちに.さあ,ガートルード,見張らせよ,
    お前の子を.墓には後の世に殘る塚を築かう.
    穩やかな刻(とき)も,やがて程なく.それまでは,
    すべてを忍ぶのだ.                   退場.

0 件のコメント:

コメントを投稿