2011年10月18日火曜日

ハムレット SCENE 3

ハムレット Hamlet 飜譯一覽
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『マクベス Macbeth(下書き)』は,こちら
                                      

                                                Scene 3 
                              レィアティーズと妹オフィーリア 出る. 
                       [前場と同日.ポローニアスの邸との想定にて]
1     レイア. (い)る物は皆,もう船に.達者でな.
         いゝか妹,待てば必ず海路の日和,寢忘れず,
         賴むぞ,便りを.
       オフィ. 忘れる譯(わけ)など.
    レイア. で,王子ハムレットだが,おまへを憎からずとか.
         それは一時(とき),熱に逆上(のぼ)せた戲(ざ)れ事と思へ.
         花なら春の菫(すみれ)の早咲き.盛りは早い,
         が,いのち短く,甘くは匂ふ,が,長續きせぬ.
         ひと度(たび)香り,束の間愉しませ,後には何も.
       オフィ. 何も,後には.
5     レイア. 無いと思へ.人,伸び行くは,
         ひとり軀(からだ)のみならず,頭(つむり)の嵩(かさ)も増さば,
         宿る心と魂の,働きもまた育つなり.多分は王子も,
         お前を愛しては.また今,穢(けが)れも僞(いつは)りも無く,
         心に恥づべきものもあるまい.が,氣を附けろ,
         御身分の重みには.お心さへも,己がまゝにとは.
         つまり從はねばならぬ,御生まれに.許されぬのだ,
         身分無き者のやうな,手づからの切盛りは.
         お心ひとつに此の國の,無事と榮えが掛らうからは.
         それゆゑ,何選ぶにも先づは限りが.國といふ軀(からだ)からの,
         聲(こゑ)と希(ねが)ひに沿ふといふ.それでこその,國の頭(かしら)
         もし愛すると口にされても,これぞ身の爲,程〻は信ずるにせよ,
         それはその時その場での事,決して王國擧(こぞ)つての聲では無い.
         心せよ,己が名を辱めよう,傷の深さに.
         王子の戀歌(こひうた)に心奪はれ,己を失ひ,
         否應(いやおう)も無き求めに折れて,己が操(みさを)を捧げでもした,
         その時の.氣を附けろ,オフィーリア,氣を.愛しい妹だ.
         奧手に控へ色戀の,矢先と刃(やいば)を遣(や)り過ごせ.
         “まこと愼(つゝし)む乙女子は,夜空の月にも顔(かんばせ)を伏す”
         “美德の神さへ,逃(のが)れ難(がた)きは後ろ指”
         “葉を食ふ蟲は春の若芽を良く好み,取分け蕾(つぼみ)も開かぬうちを”  
         また,朝まだき,結び初(そ)めし若葉の露こそ,
         流行り病に蝕まれとも.心せよ,先づ身を守るには,
         恐るゝに如(し)かず.若さは己れに背くもの,
         背く相手の無き時にさへ.
        オフィ. 必ずや,只今の有難き御講義,心の見張役として,
         この胸に.でも兄上樣,決してなさらずに,
         あの不品行(ふしだら)な,牧師たちの眞似だけは.わたしへは,
         險しく茨に滿ちた,辛い方の天國への道.それが,まるで,
         あれでは人目憚(はゞか)らぬ放蕩者.
         自らは櫻草の咲き亂れる場所で,道草の摘み食ひ,
         己(おの)が教へには,眼もくれず.
           そこへ,ポローニアス.
        レイア. この身に限つては.さて,遲くなつた,それ,
         父上がこゝへ.重ねての祝福は惠みを二重(ふたへ)に.
         嬉しき二度目の御挨拶.
        ポロー. まだまた,レィアティーズ.乘れ乘れ,船に,
         仕樣の無い.海風(うみかぜ)も帆桁(ほげた)に控(ひか)へ,
         皆がお前を待つてゐる.それ,そなたの仕合せを.
         後(あと)この幾つか,教へを頭に刻(きざ)み附けよ.
         思うとて口に上(のぼ)せな,そぐはぬ事には手を出すな.
         親しくこそあれ,たゞしは狎(な)れ合はず.
         友ありて,これと見込まば綴(と)じ附けよ,己(おの)が心に,
         鋼(はがね)の箍(たが)もて.が,すまじきは,
         握手握手の手の擦(す)り減らし.世辭にもなすな,
         巢立ち適(かな)はぬ雛(ひよこ)どもとは.
         心せよ,言ひ爭ひの門口(かどぐち)に,が,
         ひと度(たび)(い)らば必ずや,たぢろがすまで.
         誰よらず,耳傾けよ,たゞし口には手を當てよ.
         話は聞くべし,が,善し惡しを言ふは禁物.
         身は飾れ,許す財布の紐(ひも)の限りは.
         が,奇拔はならぬ,けばけばしく無くだ.
         いや,裝ひは何かと人柄を顯(あらは)すもの.
         これがフランスの上(うへ)つ方(かた),また,その道の,
         大家(たいか)となると,その長(た)けたこと.ならぬは借金,
         出さぬは貸金.貸せば屢(しばしば)金のみか,友をも失ふ,
         また,借りればだ,遣繰(やりく)り儉約の切つ先が鈍る.
         さて,その上で己(おのれ)には,忠實なれ.すれば,
         夜の晝(ひる)に繼(つ)ぐ如く,人を僞(いつは)るも適(かな)はぬ筈.
         達者でな.我が祈り,以つて教への味ひの増さん事を.
        レイア.謹んで,お許しを得て,お遑(いとま)を.
10    ポロー.   さあ,時こそ惜(を)しめ.僕(しもべ)も待ちをらう.
        レイア. 達者で,オフィーリア.いゝか,よく憶えてお置き,
         さつきの話を.
        オフィ. 覺えには錠(ぢやう)を掛け,鍵(がぎ)はそちらへと.
        レイア. お元氣で.               レィア. 退る.
        ポロー. 何かな,オフィーリア,さつきの話とは.
15    オフィ. お氣になど.ほんの少し,ハムレット樣の事を.
        ポロー. でかした,よくまたそこへ.
         聞けば王子は,近頃繁〻(しげしげ)と,お忍びでとか.
         おまへもおまへで御目見えとやら,惜(を)しげも無しに.
         もし,さうなら,いや,話によればだが,忠吿を受けたのだ,
         言はねばならぬ.お前は判つてをらぬのだ,
         己(おの)が立場をはつきりとは.我が娘として,
         また,嫁入前の身としての.どうなのだ,二人の仲は,
         まことのところ.
        オフィ. あのお方は,はい,近頃さまざまに,お心遣ひを.
         わたくしを,好もしく思はれて.
        ポロー. 好もしく,ぷ.また,小娘のやうな物言ひを.
         未だ,ものゝ怖さに晒(さら)されてをらぬげな.
         どうかな,信じてか,その,お心遣ひとやらを.
        オフィ. 判らぬのです,父上,どう思ふべきか.
20    ポロー. これだ.では教へよう,まづは己を赤子と思へ.
         お心遣ひとやらを,額面通りの金貨と信じた,
         相手は贋金遣ひだに.他人(ひと)のお心遣ひより,
         己への氣遣ひをだ.さなくば,いやもう,
         語呂合せすら種切れ寸前,然(さ) 樣,揚句は,
         遣はれ放題,こちらは阿呆な,親爺役扱ひに.
        オフィ. 父上,王子は,愛を契(ちぎ)る言葉をと,
         お求めの時,まこと氣高き御樣子で.
        ポロー. いかにも『御樣子』,その通り.いやはや.
        オフィ. それと,言葉に二心(ふたごころ)無しと,父上,
         有りと有る,聖なる誓ひを立てられて.
        ポロー. まさに,罠.その手で間拔けな山鴫(やましぎ)を.
         いやもう,一旦血潮に火が著くや,魂も後は口任せ.
         そんな焰(ほのほ)は,燦(かゞや)き程に熱くは無い.
         消えるとなると,誓ひの最中(さなか)にも,
         燃え立つ速さに同じと來る.決して實(まこと)の,
         火とは思ふな.これからはだ,今少し表立たず,
         娘御らしくにだ.敵に目通りを許すにも,
         氣位高く,先に折れては出ぬ事だ.
         で,王子ハムレットだが,先づ,程〻に信ずるが良い.
         王子はまだ若く,身の御自由も廣(ひろ)く利く,お前などより.
         つまり,オフィーリア,信じるな,王子の誓ひを.
         どれも,舌先だけの取持役.衣の中身は,
         外見(そとみ)の成りとは,大色違ひ,
         淸らかならざる願ひの重ね著で,口振りだけは,
         さも,有難めいた約束仕立て,すべては人を,
         欺く手立てだ.これを要するに次からは,
         いや,言ふなら今から,あらぬ侮りを被る事,
         一瞬の遑(いとま)なりとも,許しはせぬ.
         王子ハムレットに言葉をかけ,話をする事はだ.
         よいか,命じたぞ.さ,行くが良い.
25    オフィ. お言葉通りに,父上.         退る.





第3場についての感想. 
この場は,飜譯の推敲を重ねれば重ねるほど,胸が傷む.この世は時に,何たる慘さを見せるものかと,胸に滲みる思ひに驅られる.
この場面は,レイアティーズにとつては,父親との最後の對面であり,正氣のオフィーリアとの,やはり最後の觸れ合ひとなる.場面はあくまで,明るく,家族の優しさに滿ち溢れて,悲慘な結末を思はせるものは,何も無い.が,それにも拘らず,悲劇が襲ひ懸る.まさに,時として,誰の身にも,起り得るやうに.

第三場で特徵的なのは,親から子への blessing つまり,神の祝福を願ふ言葉が繰り返される點だ.家族の絆の慥かさが,blessing により確認される.
これと對稱的な場面が,第11場,ハムレットとガートルードの間で展開される.ハムレットは母親に對し,once more good night, と述べた後,ガートルードが就寢の blessing を與へるのを制し,And when you are desirous to be blest, Ile blessing beg of you, と,母の blessing を拒む.ガートルードが,こゝろから前非を悔いて,神の祝福を得たいと望む時まで,blessing は受けぬとの宣明である.つまり,それまでは,親でもなければ子でも無いとの,子供思ひのガートルードには,窮めて嚴しい條件を,ハムレットは母親に課す.
そして,これこそが最終場,ガートルードが,毒の仕掛けられた杯であるとは知らずだが,クローディアスが制するのも聞かず,杯を手に,ハムレットへの祝福 blessing を送る動機となると解するのだが,如何であらうか.
當然の事,致死の毒は,ガートルードの命を奪ふが,母子の絆は,囘復を見る.それだからこそハムレットは,ガートルードの申し出に,禮は述べずに,Good Madam. と應ずるのである.
まあ,しかし,先走りは止めにしよう.この場面では,ともかくも,ポローニアス家の家族關係の慥かさが印象附けられゝば良い.

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