2012年6月3日日曜日

Shakespeare の臺詞は,どう『詠まれる』べきか.(4)


                                      

Shakespeare の臺詞は,どう『詠まれる』べきか.(4)

ところで,こゝ迄で,俳句と歌舞伎の臺詞を採上げて來たが,短歌については,この問題に關してゞあるが,俳句の延長線上にあるものとして捉へ,殊更考へてはみなかつたが,これからも採上げることはないと思ふ.短歌を嗜む方〻には御赦しを願ふ.

本題に戾る.

以上のことから,僕としては,日本語に馴染みの深い『七五調』の歌や臺詞の類ひには,その背後に,一小節または一句八拍からなるリズムが隱されてゐるものと『斷定』してみることゝした.

そんな折,ある時,前(さき)に採上げた,松尾芭蕉の『かはづ』の俳句を,英譯したものに出遇つたのだ.この英文である.ひとつ,實際に,聲に出して詠んで戴きたい.

An old silent pond... / 
A frog jumps into the pond, / 
splash!  Silence again. /

いかゞであらう.いさゝか戸惑はせる部分は jumps into the を續け樣(ざま)に詠むといふところであらうか.

僕は大いに感心させられた.譯者の言葉の選び方,殊には splash! といふ語の齎す印象の鮮やかさに驚かされたが,それはともかく,全體の『調子』につき,俳句の『五七五』を思はせる響きが感じられたからだ.これは既に, 1973年に 74歲で故人となられた Harry Behn といふアメリカの作家の手になる飜譯である.

さて,同じやうな『響き』を持つならば,件(くだん)の『一句八拍』のリズムは,この英譯ではどのやうに作用してゐるのであらう.早速,この英文に『間』を示す(●)を施してみた.その結果が,これである.

An old silent pond... ● ● / 
A frog jumps into the pond, ● ●/ 
● splash!  ● Silence again. ● ●/

ところがだ.どうもこの分け方が氣に入らない.不定冠詞の An と A が,邪魔なものに思へてならない.頭の中では,英文に附き物の『冠詞』の類ひと考へるのだが,どうにも間怠い.しかも,Iambic(弱強格)から見た場合,いづれも『弱拍』扱ひである.その『弱拍』を文の頭に戴いて,よくまあ英文種族といふものは,我慢強いものであるなあと,考へた時に,『奇策』が閃いた.

そもそも『弱拍』といふ『附けたり』扱ひのものであるなら,必ずや,彼ら英文人種も發音の際,これに重きを置いてゐない筈,と考へたのだ.といふのも,かねがね,Shakespeare の原文を詠み上げる折,冒頭にある And などを,前行末尾に上手く續けて發音すると,登場人物の思考の流れが途切れることなく,生き生きとして來るとの經驗があつたからである.いや,Shakespeare に限らなくとも,日常の『英會話』では,頻繁に起る現象である.そして,だからこそ,臺詞に潑溂とした息吹が附與されるのだ.

といふ譯で,以上のやうな,擦つた揉んだを繰り返して後,次のやうに英文を分解してみた.

An / 
Old silent pond... ● ● A / 
Frog jumps into the pond, ● ● ● / 
Splash!  ●  Silence again. ● ● ● /

[『句頭』の印象を強めるために,本來は『小文字』で書かれた單語を,『大文字』にした.御諒承のほどを.]

つまり,An や A といふ『弱拍』ものを,前小節に繰入れた,または追ひ出した上での『八拍リズム』の完成である.

いかゞであらう.詩の印象が,前(さき)の分け方より,鮮やかになつたと思へないだらうか.筆者は秘かに,『手前味噌』の『危險』を怖れつゝ,幾度もこれを詠み返しては,頷いてゐるのだが….
--- 續く ---


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